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ロコ
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ロコ-2

そして、私がもっぱら選んだのが、彼氏との甘い時間である。別に、だからといってロコを忘れた訳ではない。ただ、やっぱり好きな人と少しでも長く一緒にいたい。
その想いが強かっただけのことだ。
遅くに帰宅した日、たまに私は庭に置いてある犬小屋をのぞくことがある。すっかり古くなってしまった小屋の中では、同じように年老いたロコが、間延びした寝息を立てていた。もらわれてきた時、あれほど白かった毛は茶色く汚れてぼさぼさになり、おなかは出て、顔付きから若い輝きはすっかり失せ、その寝顔は老犬のそれそのものであった。犬は人より寿命が短いから、この現象は当然なのだけれど、こうしてそれを目にしてしまうと、やっぱり悲しくなってしまう。

現実はいつも突然の事ばかりだ。
予告なく突き付けられる。
ロコとの別れも、当然その摂理にならって、なんでもない日常の中に訪れた。
朝、私が起きて居間へ下りてくると、窓の外でロコが倒れているのを見つけた。心臓の止まる思いで、私は裸足のまま外へ飛び出した。かろうじて呼吸はしていたものの、意識はほどんどない様子で、何度名前を呼んでみても彼は目を開けてはくれなかった。
うちは共働きなので両親の姿はすでになく、なので頼れるのは自分自身でしかない。
ロコ、待ってて。馬鹿みたいに繰り返しながら、電話帳と携帯で動物病院へ連絡をする。しかし、どの病院も医者が出張中だの予約がないとだめだのと言って、なかなか取り合ってはもらえなかった。崖っぷちにたたされたような焦りと絶望が手伝って、もう頭がどうにかなってしまいそうだった。それでも諦めずダイヤルをプッシュし続けた。だって、そうするほかに、私に何が出来たというのだろう。ようやくまともに取り合ってくれた病院でも、やはりすぐに診察は無理とのことだった。ただ、明日の朝、一番に診てもらえるよう予約をとることに成功した。たったそれだけ。現状は何も変わってはいない。それなのに、私はすべてうまくいくような気がした。これで、きっとロコは助かるに違いない。何の根拠もないのに、そう確信さえしていた。
「ロコ」
腕の中で、ぐったりと体重をかけてくる毛むくじゃらの体を私は抱き締めた。失えない。絶対に、この子を失うことは許されない。
「明日には楽になるわ。だから、ね。今日一日頑張って。ロコ」

夜になっても、ロコの具合はよくならなかった。そればかりか、悪くなっていく一方としか思えなかった。嘔吐を繰り返し、眠ったまま下痢をし、時には全身が激しく痙攣をした。 その度に私は、彼の名を呼び、撫で、抱き、そして耐え切れず泣いた。父も母も、連絡はついているというのになかなか帰ってくる気配はない。こんな時だというのに、頭の中では楽しかった日々が、まるで映画のワンシーンみたいに流れた。春の散歩。夏、川で声を上げながらはしゃいだこと。秋、枯れ葉を踏んで公園の並木道を一緒に歩いたこと。好きな人が出来た時、何故かその悩みを相談してしまったこと。冬、雪の上でのサッカー。雨の夜の散歩。もっともっと・・・たくさん。
だめだよ。
私は、自分に言い聞かせる。
だめ。なんで、どうしてそんなことばかり思い出すのよ。やめて。考えちゃいけない。こんなこと、考えちゃいけない。
いくら思考を制止しようとしてもだめだった。あふれ出る涙と一緒に、思い出はいくらでも私の中で熱を帯びた。

ロコは。
はたして幸せだったんだろうか。
私と暮らせて。この家へ来て、楽しい時間を過ごすことが出来たのだろうか。今となっては分からない。
私はベッドへ落としていた腰をどうにか浮かばせ、立ち上がった。一瞬立ちくらみしたが、さっきほどではない。大丈夫。立てる。そろそろ立たなくてはいけない。ゆるゆると床の上を歩み、私は部屋のドアを開けた。そしてふと、誰かに呼ばれた気がして振り返る。机の上にある、ロコの写真と真っ赤な首輪が目に入った。歳を取ってから撮った、彼が見せたほころんだ笑顔の写真。後ろには、ボロボロの犬小屋も写っている。
しばらく見つめた後、私は再び前を向いて、背中手にドアを閉めた。ロコがここにいてよかったのかどうか。それはさっき言った通り、私には分からない。でも、こう信じたい。全ては、あの写真の中にある屈託ない笑顔が語っているのだ、と。


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