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ロコ
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ロコ-1

私は、神の存在を信じたりしない。
絶対に。
仮に、この世に神がいたとしても、多分それは私たちに何の意味ももたらしたりはしないだろう。そうでなかったら、何故、あの日、私を救ってくれなかったのか。何度も何度も、目にしたことのない神に心からすがったというのに。切に願ったというのに。それとも、普段からの強い信仰心がなければ、ほんの一瞬で十分な救いの手すら差し伸べることも出来ないような存在なのだろうか。神とは。その程度のものなら、いっそ否定してしまった方が楽というものだ。いなかったのだ。最初から。神は。
ベッドへ仰向けになっていた鉛みたいな体を起こして、のろのろと床に足をつく。
と、不意に意識が遠のいて、私は再びしわだらけのシーツへ腰を落としてしまった。
ここ数日の寝不足がたたったのか、今朝から、どうも貧血ぎみでしょうがない。だけど、呼吸すら面倒臭い程のこの倦怠感は全く別な所からきていることを、私はよく知っていた。
ぐったりとうなだれ、埃のたまった床と向かい合う。焦点がなかなか定まらず、頭のてっぺんが妙にふわふわした。突然、なんの前触れもなく、どろっとした熱いものが胸の奥からせりあがってきて、目頭が痛いくらい熱をあげた。
ロコが逝ってから、一カ月。信じられないことに、あれからもうそんなに経ったのだ。
衝動的に突き付けられた現実に、まだ乾いてもいない傷口を、さらに深くまでえぐられるような、最悪な気分だった。
目を閉じれば、無邪気に笑顔を作るあの子が見えるというのに。鳴き声も、さらさらした心地いい毛の感触も、優しい体温も、動物特有の生温かい匂いも、あたかも本人がそばにいると錯覚してしまうくらい、鮮明に思い出せるというのに。
もう、ロコはいない。
どこにも。どこを捜し回っても。
もう会えないのだ。二度と。
そう思ったら、また涙があふれてきて、私は耐え切れず、ベッドへ倒れ込んだまま声を殺して泣いた。

ロコは、私が小学生の時に母が近所からもらってきてくれた雑種の雄犬だ。飼い主の話では、なんでも北海道犬と秋田犬との合いの子らしかったが、それが本当だったかどうかははっきりとしない。ただ実際、ロコは中型犬のわりに足も太く、肩もがっちりしていて、子犬の頃から力が強かった。だから学校の集会でいつも一番前に並んでいた私は、散歩の度に、先頭を行くロコに引きづられて歩いたものだ。
ちなみに、あの子の名付け親は私。
ロコ。
母に連れられてきた彼と初めて顔を会わせた瞬間、真っ先に浮かんだのが、その名前だった。どうしてロコだったのかは、今となってはよく覚えていない。おそらく、
愛らしい真ん丸い顔からつけたのだと思う。
とにかくこうして、十二月の、特に寒さの厳しい夕方。わが家へきたロコは、一人っ子だった私にとって掛け替えのない、何物にも勝る存在となったのだった。
ロコとは本当によく遊んだ。
冬は特に。学校が終われば駆け足で家へ戻り、玄関へランドセルを投げ入れ、庭へ回ってロコの鎖を外す。彼ももちろん私の帰りを待っていてくれる。そして私たちは、日が落ちるまで、降り積もった雪の上を走り回るのだった。
最高だった、と思う。
無邪気に、あれこれ細かいことを考えなくてもいい時間。選ぶ必要もなく、目の前に置かれた選択肢はたったひとつ。そんな完璧なまでの自由。あの頃は、それが当然かと思っていたけれど、今になれば、考えるまでもなくあの時が一番幸せだったと言える。

いつしか私も大人になると、ロコともあまり遊ばなくなってしまった。それはきっと、選択肢が増えたからだと思う。年齢にあわせて数を増していく、バースデーケーキにささったロウソクのように、年を重ねるにつれて出来ることが増えたからだろう。


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