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エロティック・ショート・ストーリーズ
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ヌードモデル(露出、熟女)-1

        1

「どうして私なの?」
 藍川玲奈(あいかわれいな)は、当然の質問をした。
「私、普通のおばさんよ?」
 彼女は現在三十六歳、子供は一人。普通に高校を出て普通に就職し、普通に恋愛して結婚した。そんな玲奈を、向かい側の席に座った藍川悠也(あいかわゆうや)が、手にしたコーヒーカップに口も付けずにじっと見つめている。
 都会、と呼んでいい街並みの中、ビジネスビルの一階でひっそりと営業する喫茶店。向かい合い、真剣に話す二人は、人から見ればどういう関係だと思われるのだろう。年の離れた恋人? 女に買われた若い男? 実際には、玲奈は悠也の母の兄の結婚相手に過ぎない。要するに伯母と甥だ。
「もっと具体的に教えてくれないかしら、悠也くん」
 悠也は彼女から視線を外さないまま小さく頷いて、コーヒーを一口飲んでから、言葉を選ぶように話し始めた。
「まず、現実的な問題として、予算がありません。プロのモデルを雇う余裕が無いんです」
 自分たちの置かれている状況を、悠也は正直に話し、玲奈は遠慮がちに頷いた。
「だけど、それは問題であって理由じゃありません。玲奈さん、僕にはあなたこそが必要なんです」
 彼の瞳には、眩しいほどの情熱の光が灯っている。二十二歳の若さで社運をかけたゲームソフトのディレクターを任され、情熱を滾らせているのだ。玲奈は、そんな彼の熱意に対し、出来ることなら応えてやりたいと思った。しかし。
「でもねえ、ヌードモデルでしょう? 私、自分の体には自信が無いし、恥ずかしくて出来そうにないわ。それに、年齢も……」
 悠也は、真っ直ぐに玲奈を見つめたまま、ゆっくりと首を振った。
「玲奈さん、あなたは僕の理想なんですよ。理想の女性像そのものなんです。他の人は考えられない」
 ふくよかな輪郭、穏やかな瞳。一度も染めたことの無い艶やかな黒髪はナチュラルにストレートで、肩の上でサラサラと揺れている。触れただけで手が切れてしまいそうな美人、ではないが、それなりに見た目は整っているし、朗らかな笑顔と温かい性格は、誰の心をも落ち着かせるような母性を感じさせる。彼女自身が言うように、突出した経歴や容姿は持たないという意味では普通と言えるのかもしれないけれども、人間的魅力に溢れた女性だ。悠也の言葉は、策に窮して発した妥協やお世辞ではないのだ。
「そんな大層な女じゃないってば」
 ミルクティを口に運びながら、玲奈は照れ隠しのように笑い、窓の外を見上げた。
「あ……」
 つられて悠也も空を見た。
「今日も居ますね」
「ええ。何なのかしらね、あれ」
 二人はしばし、正体のよく分からない飛翔体を見つめた。形が有るようではっきりせず、色も不明だ。大きさも距離もあいまいで、本当にそこに存在するのかどうかすら怪しい。なにせ、見える者はごく限られているのだから。
「ねえ、ゲームを作るのに、どうして私の裸が必要なの?」
 小さく首を傾げる仕草が、彼女にはよく似合っている。
 悠也はコーヒーカップをテーブルに置いて身を乗り出した。
「ひとことで言うと、うちの若い連中に『女』を教えてやって欲しいんです」
「……お、女?」
 玲奈の胸の奥で、小さな疼きがジク、っと広がった。
「子供の頃からゲームばっかりやって育ったようなメンバーが多いんですよ。ろくに女性経験が無かったり、童貞もいる。それにね、美大を出てヌードデッサンとかをきちんと学んだ者はほとんどいない。だから、実際の女性を見て、感じて、それをゲーム制作に活かして欲しいんです」
 堰を切ったように一気に話す彼に気圧されたように硬直する玲奈。祈るように見つめる悠也。
 やがて、ふぅ、っと息を吐いて、玲奈はティーカップをテーブルに置いた。
「……なるほどね、女性のヌードモデルを求める理由は分かったわ。素人なのに私を必要としている事情も。だけどね、悠也くん。夫や恋人でもない人たちの前で裸になるなんて、私には考えられないの。やってあげたい気持ちはあるんだけど」
 悠也は黙って俯いた。そんな彼を見て、玲奈はいたたまれない気持ちになった。
「例えば、なんだけどね。お金の援助をするから、プロを雇うわけにはいかないかしら」
 悠也は、弾かれたように顔を上げた。
「それじゃダメなんです、玲奈さん。予算の中でやり遂げてこそ、僕は一人前の仕事をしたと言えると思うんです。そんなこと言いながらモデルをお願いするなんて矛盾してるようですけど、玲奈さんこそが僕が求める理想の『女』なんです。お金だけの問題じゃないんです」
 自分なりの仕事に対するポリシーを明確に持ち、それを守ろうとする悠也。子供だとばかり思っていたのに、いつの間にか彼はりっぱな大人になっていたのだ。それに、こんなにも『女』としての自分を求めてくれている。ある意味夫以上の情熱だ。玲奈の心の中に、さざ波が広がった。
「でも、無理なお願いをしていることも分かっています。すみません、不愉快な思いをさせてしまって」
 コーヒーカップを口に運びながら、悠也は目を伏せた。
 そんな悠也をじっと見つめていた玲奈は、ミルクティを飲み干してカップをソーサーに戻し、居住まいを正した。
「ねえ、悠也くん」
 僅かに身を乗り出す。
「私、普通に生きてきた普通のおばさんよ? 美人ではなく、スタイルにも自信が無い。それでも、私を必要としてくれるの?」
 悠也が顔を上げた。その瞳に、希望の光が広がっていく。


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