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エロティック・ショート・ストーリーズ
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純白の蝶は羽ばたいて(美少女、処女)-4

        4

 いつもはあっけなくグランドフロアに着いてしまう高速エレベーターが、今日はもどかしく感じられた。待ち合わせは五回目だが、平日は初めてだ。来週末は悠香が弓道部の試合があるので、達也は無理をして時間を作ったのだ。
 ロビーには、すでに悠香の姿があった。部活の後、いったん家に帰って道具を置き、制服のまま来たという。それほどまでに彼女も急いだのだ。達也は一瞬、周囲の目を気にして顔を歪めたが、久しぶりに見る彼女の制服姿の可憐さに頬を緩ませた。半袖の白いブラウス、胸元に広がる上品な赤色のリボン、ブラウンとダークグリーン基調のプリーツスカート、紺色のソックス、リボンのデザインが付いたダークブラウンの革靴。そして、頭には蝶をモチーフにした白い髪飾りをしている。二人が出会った時にクレーンゲームで取れた景品なのだが、はっきり言って安物だ。原価百円もしないだろう。それでも、彼女はそれを大切にし、達也と会う時はいつも身につけていた。
 愛らしい、の一言で片付ける事がはばかられるほどに悠香は純粋さと若さの魅力に溢れている。だが、彼女が純真であればあるほど、達也はある種の居心地の悪さをいつも感じた。二十八歳の男が十七歳の女子高生を連れて歩いている姿は奇異に映るのではないだろうか。特に、今日は制服姿ですらある。兄弟? 親戚? それとも。
 見た目だけの問題ではなく、世の中のカラクリをある程度知ってしまっている自分が、清澄な心で将来を夢見る少女と共に歩いていく事が許されるのだろうか。いつかは大人になる彼女。しかしそれはまだ先の話だ。
 微妙な距離を空けて、二人は並んで歩き出す。グランドフロアから直結している、隣接のショッピングモールへと向かった。観光地のど真ん中にあるタワービルの中で働いているのに、達也はその周辺にほとんど行ったことがなかった。なので、モールのことも詳しくは知らない。
「うわ、すごい……」
 初めて来た、という悠香は、その巨大な吹き抜けを擁する広々とした屋内空間に興奮を隠さない。
「テレビで見た豪華客船の中みたい」
 オペラハウスの桟敷席のような手すりにもたれてうっとりとする悠香の隣で、達也は落ち着かない気分でいた。彼女の体からは、甘く気怠い香りが流れてくる。おそらく香水ではないだろう。弓道部の練習でかいた汗が拭き切れていないのだ。もちろん、しっかりと顔を洗い、制汗シートで念入りに拭ってきただろう。悠香は清潔を好む。それでも抑えきれないほどに、若さが薫ってくるのだ。
「ね、上の方にも行ってみたいな」
 急に振り返った、花のような悠香の笑顔に、達也はビクっとしてしまった。彼女の匂いに浸っていたのがバレた気がしたから、というだけではない。あまりにも深く透き通った、無邪気な美しさに胸の疼きを感じてしまったのだ。容姿が整っているだけではない。心の奥から滲み出る純粋さが、彼女を眩しく輝かせている。
 雑貨屋、手芸屋、キャラクターグッズの店。洋服、靴、バッグなどの小物類。そして、小粋なカフェやレストラン。おおよそ若い女性が好みそうな物はなんでも揃っていた。しかし、悠香が特に長く足を止めたのは、CDショップと本屋だった。一つのヘッドフォンに頭を寄せ合って新譜の試聴をし、美術書を眺めて想像を膨らませ合った。
「港の方に行ってみようか」
 すっかり日の暮れた頃、達也の提案に悠香は笑顔で答えた。石畳の遊歩道、吊り橋になっている板張りの連絡通路を通り抜け、観覧車を見上げながら進むと、広葉樹に囲まれた芝生の公園に出た。少し丘になっているそこは、港が見える絶景スポットとして人気があった。そしてまた、恋人たちの聖地としても。
 ジグザグに屈曲したレンガ敷きの小道の所々にある、材木をそのまま組み上げたようなベンチの一つに二人は腰を下ろした。木に囲まれているので、周囲からはあまり見えない。
 黒い海と、オレンジ色の光に浮かび上がる港湾施設を無言で眺める。涼やかな潮風が悠香の黒髪を揺らし、微かな香りを運んでくる。
 膝の上にきちんとのせられた悠香の左手に、達也は自分の右手を重ねた。彼女は、風景を見ていた視線を足もとの地面へと落とした。手を握り締めると、悠香の頬にほのかな朱が差し、口元に小さな笑みが浮かんだ。
「日が長くなった、といっても、やっぱり夜は来るのね」
「夜があるから、朝が来るんだよ」
 抱き寄せた。悠香は抵抗せず、達也の肩に頭を預けた。さっきまでよりも強く髪が薫る。肩に感じる彼女のぬくもり、サラサラと首筋をくすぐる黒髪の感触、手の中で震える華奢な肩。目の前には、髪飾りの蝶が揺らめいている。左手で右の頬をそっと撫で、自分の方に向かせる。悠香の瞳が濡れたように揺らめいている。その瞼が自然に閉じられ、二人の唇は重ねられた。
 遠くで太い汽笛が響いている。鳥の声は聞こえない。
 いったいどのくらいの時間、そうしていたのだろう。悠香を抱いたまま、達也の左手が彼女の制服スカートの裾を掴んだ。ゆっくりと捲り上げていく。徐々に姿を現わしていく、夜闇に浮かび上がる白い太腿。だが、達也の手を強く押さえて、悠香が瞼を開いた。
 こんなところで、と、その潤んだ瞳が告げていた。ゆっくりと立ち上がり、悠香の手を取って立たせると、達也は頼りない外灯の下を歩き始めた。悠香は彼の腕に自分の腕を絡め、身を寄せた。
「僕の部屋へ来ないか」
 悠香は口元に微かな笑みを浮かべたのみで答えない。その頬は暗闇でもはっきりと分かる程に赤くなっていた。
 駅に向かってぎこちなく歩いて行く二人。周囲の目が気にならないわけではない。それなりの年齢の男が、制服の女子高生と腕を絡ませ合って歩いているのだから。でも、そんなことよりも一緒に居るということの方が彼らにとっては重要だった。
 駅まであと少し、という所で、悠香が不意に顔を上げて歩を止めた。


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