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七日目のプール
【青春 恋愛小説】

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呼び名-1

その日の美音は学校から帰るとすぐさま二階奥の自分の部屋へ入った。いつもなら、自分の体にこもった外の暑さを冷やすために、居間のエアコンの風が直接当たる場所へ汗がひくまで陣取っているはずなのに。

美音の部屋は日中窓を閉め切っているので、エアコンをつけていないと外の方が涼しいくらいになる。『俺』は暑さが苦手なのにもかかわらず、美音のことを心配して涼しい居間を出て階段を上がり、美音の部屋に入った。


ふと異変に気付く。美音はサウナのように熱された部屋にいてエアコンをつけるでもなく、ただ無表情でベッドに腰掛けていた。
着ている制服の白ブラウスは若干水気があって、紺のスカートは朝見た時よりも色が濃く変わっていた。

俺と目が合うと力なく微笑んで、それから立ち上がると、やっと机の上のリモコンに手をのばしエアコンに向けると電源ボタンを押した。
「おまえもいるなら涼しくしてなくちゃね、ユー…」
美音は俺の名前を言いかけてそれっきり黙ってしまった。何か考え込んでいるようにも見える。

「…シャワー浴びてくるね」
そう言って美音は部屋から出ていった。

パタンと音を立ててドアが閉まったので、俺は仕方なくシングルサイズのベッドに近寄り、身軽に飛び乗った。心地よい風に当りながら寝そべって、なんとなく壁に目を移した。


壁にかかっているコルクボードには安物のネックレスと何枚か写真が飾られている。各々の写真の横にはピンで留められた小さなメモがある。

【裕也の部屋でまったり。裕也・美音・ミオン】

メモ書きの横にあるその写真に写っているのは、美音と、『俺』と同じ名前の男……それと真っ白い子猫。

写真をじっと見つめていると、背後のドアが開いた気配がした。
シャワーを浴びたらしい美音はベッドに座り、俺を膝に乗せると、先程まで俺が見つめていたコルクボードを見た。

「…ねえユーヤ。あたし裕也と別れちゃったの」
ぽつりと、落とすようにそう呟いた。俺は黙って聞いている。

「裕也のこと嫌いになったわけじゃないの。…ただ、悪魔みたいな男に捕まっちゃった」
辛そうに視線を写真から逸らすと、俺の頭をゆっくりと撫で付けた。少し指先が震えている。

「……悪魔の計画に乗って裕也をわざと傷つけた。それ以上に自分が傷つくこともわかってたのに…。今はおまえの名前を呼ぶことも苦しいの」
音もなく美音の瞳から雫が落ちて、俺の真っ黒な毛並みに吸い込まれていった。

しばらく美音は虚ろなまなざしで空中を見つめ、やがて何かをするべく決心したのか、コルクボードへ手をのばした。

「最近は迷ってばっかりだよね。だけど余計なことを考えていたらこの恋は成り立たないよ、『ユーヤ』」

美音は腕に少し力を込めて、壁に留めてあるコルクボードを外した。
パキ、と何かがきしんだ。

きっと美音は、もう二度と俺を『ユーヤ』と呼ぶことはないだろう。もう一人の俺もまた、飼い猫を『ミオン』と呼ぶことが無いように。

公園で二人に拾われた、白いあいつと黒い俺。


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