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『月光〜届かざる想い〜』
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『月光〜届かざる想い〜』-4

どんな関係?と尋ねられても答えを持たない関係。
でも、『一生』こんな感じで傍にいられるのは悪くはない、と思った。
「死ぬ前ってどんな感じなのかな。」
「走馬灯のように一生が回るらしいよね。」
「走馬灯って時間軸なのかな?」
下らなく楽しい話。
ふと思いついて言ってみた。
「私のことも思い出す?」
「思い出す。一番多く。」
佐倉は真剣に答えてくれた。
「一番大切な人よりも?」
「一番大切な人よりも。」
そっかと呟きながら、
「でもそんなこと証明できないしね。口ではなんとでも言えるよね。」
と憎まれ口を叩いた。
照れ隠しだった。
なのに佐倉はマジになって
「俺が先に死ぬ時は、証明してみせるよそれを。」
怒ったように横を向いた。
ハイハイと私は取り合わなかった。
佐倉が精神を病むなんてことさえ全く予測できなかったその頃、それはとてもとても未来の、半世紀くらい後のことだと思っていたから。
「けどさ、その後のフォローはしてくれよ?俺の一番大切な人が悲しまないように……」
哀しそうにそんなことを言った佐倉。
一番大切な人に私はなれないのだということを突きつけられたのは初めてではないのに、傷ついた。
いつだって佐倉は平気で私を傷つけるのだ。
死んだ後の今だって……

写真の中のウェディングドレス姿の私。
この写真は佐倉が死ぬその瞬間に彼の一番側にいたのだ。
幸せな写真。
嫉妬するほどに……。
佐倉は約束を果たした。
死ぬ前に、私のことを一番多く思い出してくれたのだ。
そしてそれを証明して、逝った。
それならば私も約束を果たさねばならない。彼は私を信じて死んでいったのだから。
一つ溜息をつくと、私は並べ立てた。
佐倉の婚約者「一番大切な人」の目をしっかりと見据えて。
「本当は誰にも言うつもりはなかったのですが……」
もったいぶって口を開く。
「佐倉は、生前私と約束をしました。」
澱みなく出てくる言葉たち。
「若くして死ぬ時は、必ず私の写真を持って死ぬ、と。」
言葉を扱う仕事をしてきたことをこれほど神に感謝した日はなかった。
「それは、一番大切な一番愛する人が、これから自分に縛られずに未来を生きていけるためのカモフラージュだと……死ぬ時に別の女の写真を持って死ねば、人はその男が本当は写真の女を愛していたのだと考える。婚約しながら他の女のことを愛していたなんていう男に縛られる必要はないと普通の女なら考える……」
嘘は、私と佐倉の十八番だった。
「美香さん、貴女が佐倉に縛られない為に、佐倉はこんな茶番じみたことをして死んでいったのです。この写真は貴女への遺言なのですよ。自分との思い出に縛られることなく、他の人と出会い、愛を育み生きていって欲しいという……。」
詭弁だと思った。
例えそれが真実であったとしても……。
しかし美香さんは耐え切れないというように声をあげて泣き出した。
佐倉の母親がその背を撫でながら、一緒に泣いている。
信じる信じないは美香さんの勝手。人は信じたいことだけを信じる生き物。
私の仕事は終った。
私の居場所はここにはもうない。
私はその写真を大事に鞄にしまうと、佳代子と一緒にその家を後にした。
雨が降っていた。
お葬式の日に雨になるということは、天がその人の死を悼んで涙を流している証拠だよ、と昔佐倉が教えてくれた。


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