満里子-16
「して来たよ。それじゃ出かけるけど何を着ればいいんだ？ どうせ特別セクシーな下着を穿けと言うんだろう？」
「まずこれ。其処に横になって」
「えっ？ それは何だ？」
「いいから」
「紙オムツじゃないか。何でそんなことするんだ」
「いいから私の言うとおりにしなさい。私のこと愛してるんでしょ？」
「それはそうだけど、何で紙オムツが出てくるんだよ」
「愛してるなら私の言う通りにしなさい」
「そんなことをしても僕がその気になれば公衆便所で外して下着だって普通のブリーフに着替えることが出来るんだ。剃られた毛は生えて来ないけど、そんなものは何とでも言える。これが今の流行なんだと言ってもいいし。くだらないことを考えるなよ。満里子は僕を信頼しないのか？」
「信頼しないわ。優ちゃんは優しいから泣きつかれたらそれを振り切って戻ってくるなんて出来ない人だもの」
「彼女は泣きつくような女ではない」
「そんなこと分からない。それこそ信頼出来ない」
「それは何だ」
「だから公衆便所で外して着替えたり出来ないようにするの」
それは分厚い革で出来たパンツだった。革だから伸び縮みはしないので、性器が収まるように膨らみを付けてあり、後ろは幅広の皮のＴバックになっている。腹のベルトを締めるとそれはパンツというよりもボクシングやアメリカン・フットボールなどで使用するサポーターのように見えた。パンツともサポーターとも違うのはベルトに鍵が付いていることである。それは満里子が細工して付けた物などではない。明らかに最初から付いているように見えた。満里子はベルトをきつく締めると鍵をパチンと止めた。
「これは一体何なんだ？」
「男性用の貞操帯よ」
「男性用の貞操帯？ そんな物があるのか」
「あるからあるんじゃない」
「それはそうだ」
「ほら、これで公衆便所に行っても外せない」
「おしっこしたければオムツの中にしろって言うのか」
「そう。親切でしょう？」
「何が親切だ」
「高かったんだから」
「馬鹿な無駄遣いして」
「馬鹿なこと無いわ。私の安心の為の保険だもの」
「こんなゴワゴワした物穿いて歩けるか」
「歩けるじゃない」
「穿き心地が悪くてどうしようも無い」
「何時間でも無いんだから我慢しなさい」
「馬鹿なことをする」
「馬鹿なことじゃないわ。現実的な対策よ。私は優ちゃんの性格を良く知ってるから有効な対策を考えたのよ」
「全然分かっていない。僕はそんなことする男じゃないよ」
「そんなことする男だわ。自分からしようとは思わないけど、泣きつかれたら断れない人だもの」
「だからそんなことする女じゃないと言ってるだろう」
「仮にされたら抵抗出来ないんでしょ？」
「いや、そんなことない」
「ほら、時間が無いんだから早く行きなさい」
「こんなの穿いて行くのか。ロボットみたいな歩き方になっちゃう。鉄腕アトムだよ、これじゃ」
「１００万馬力で頑張って来るのよ」
「大便したくなったらどうするんだ」
「オムツだから大便したって大丈夫」
「馬鹿言うな。臭くてたまらない」
「それじゃコロンを振りかける？」
「いい。下痢になっても我慢する。それで死んだら満里子の責任だ」
「下痢を我慢して死んだなんて聞いたことないわ」
「人のことだと思って。ああもうこんな時間か。鉄腕アトムみたいに飛んで行けるといいんだけどな」
革の貞操帯は、普通のハサミではとても切れそうもない程分厚くて、歩きにくいことこの上なかった。女房が泣きついてくるなんておよそ考えられないことだが、仮にそんなことがあったら自分は満里子の言うとおり元の鞘に治まるのだろうか。優輝は『まさかね』と呟いたが、まさか泣きついては来ないさというのか、泣きつかれても言いなりにはならないさというのか、自分でも分からなかった。