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疼きに喰い込む赤い縄
【その他 官能小説】

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究極の-4

 「では訊くけど、君は幸雄さん以外の男で性的に興奮したことは無いのか?例えばドラマを見ていてついムラっときて自分で慰めた、なんてことは一度も無いのか?」
 「う…それは…」
 「無いのか?」
 「いや、あの…」
 「結婚以来、彼以外をオカズにしたことは無いって言うのか、君は。」
 「あります…けど…」
 「だろ。」
 伊巻先輩はスツールに深く座り直し、足を組んだ。
 「あるさ、誰にでも。そして、普通は気にしない。本能だからしょうがない、ってね。」
 「ええ、そうですね。」
 「でも、幸雄さんはあまりにも純粋過ぎて、君を愛する心と歪んだ興奮を求める欲望とのギャップに真剣に悩み、苦しんだんだ。」
 「…夫を悪く言いたくはありませんけど、少し身勝手な感じがしますね。」
 「そうかもしれない。でも、彼にとってそれは真摯に解決すべき、避けては通れない課題だったんだ。そしてついに幸雄さんは一つの答を出した。」
 「答?」
 「君への愛を裏切らず、かつ自分の欲望を満たす、ただ一つの方法。」
 「そんな都合のいい話が…」
 「あるんだ。」
 先輩は、カップの底に残っていたコーヒーを、喉を鳴らして飲み干した。
 「そのプランをオーダーされたとき、俺は身の震えを抑えきれなかったよ。まさに究極。」
 「究極?」
 先輩は真っ直ぐに目を合わせてきた。
 「君だよ。」
 先輩が何を言ったのか、一瞬分からなかった。
 「…は?」
 「君を寝取らせたんだ。」
 「な…」
 「心から愛する妻を俺に寝取らせ、その一部始終を鑑賞することにしたのさ。それなら、興奮の対象は他でもない君だから、君を裏切ってはいない。そして、もう一方の主役、寝取られる夫を自分自身が体験できる。寝取ラーにとって、これ以上のステージはあり得ない。究極の寝取りさ。」
 私はベッドの上で倒れそうになった。すぐ横に落ちていた赤い縄を握りしめて、なんとか堪えた。
 「彼が見たいのは他でもない。寝取られて快楽に乱れ狂う、愛して止まない君の姿。」
 「何よ…何なのよ、それ。」
 数秒の沈黙の後、先輩は呟くように話を続けた。
 「…コンビニの駐車場で君と再会したのは偶然じゃない。」
 「…そこから仕組まれていた、という事ですか。」
 「そう。でもある意味、もっと前からかな。君が同じ会社に入った時から、舞台の幕が上がったと言えるかもしれない。」
 「幸雄さんは、こんなことをするために私と付き合ったっていうの!」
 思わず大きな声を出してしまった。
 「違う違う!彼は本当に君を愛してるよ。」
 「じゃあ…」
 「愛してるからこそ、君を、他の誰でもない君を、舞台へ上げたんだよ。」
 「そんなの…そんなのって…」
 「さらに味付けとして、罪悪感を煽り立てた。夫への裏切りを深く悔いている程、再び快楽へと落ちる時の落差が大きくなるからね。尻軽な女が不倫したってつまらないんだよ。古典的な手法だけど、それ故に効果が実証されている。いけない、こんなことをしては。だけど、体が疼いてどうにもならない…。絶対にそんなことをしそうにない妻。罪悪感に苛まれ、繰り返すまいと固く誓った女が落ちてこそ、寝取りの醍醐味が味わえるというわけさ。」
 「…バカげてる。」
 「その通りだ。」
 「しかも罪悪感を煽った?そんなことされた覚え無いわ。」
 「そうかな。何も知らない優しい夫が、無理に休暇を取ってわざと不倫の映画を見せてみたり。」
 「…まさか?」
 「ついさっきまでの痴態を知りつつ、いつものように脱いだ服をバラ巻き。」
 「ウソ…」
 「どこかの恥知らずな女がヨがってる声を聞いたと言ったり。」
 「ウソよ…」
 「もちろん偶然なんかじゃない。疑問に思わなかったか?俺一人で意識の無い君に服を着せたり、ましてや助手席に座らせたり出来るのか、って。」
 「やっぱり…そうだったのね。」
 「居たのさ、すぐ近くに。そして見てたんだよ、助手席に潜んで。君が俺に被虐の快楽を刻まれ、乱れ狂わされていく一部始終を。同じ車内で同じ空気を吸いながら。」
 「…。」
 もはや声も出ない。
 「スーパーの開店時間の矛盾を突く、なんていう小技も入れたら、よくもまあと呆れるぐらいこまめに頑張ってたよ、幸雄さん。今日のこの日に向けて、二ヵ月かけてじっくりと罪悪感を熟成させたんだ。理性では拒否しつつ体の疼きに負けて寝取られ乱れ狂う自分の妻の姿を美味しくいただく為に。」
 先輩はそこで口を閉じた。
 私は握りしめていた赤い縄を投げ捨てて立ち上がり、彼に掛けてもらったタオルケットをパサリと床に落とした。
 「…見てるのよね。」
 天井を睨んだ。
 「見てるんでしょ、幸雄さん。」


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