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砕 -赤き花、咲乱れ-
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砕 -赤き花、咲乱れ--1

我失くして人を屠ればその心喜々とし、我に返りて抱くは後悔の念ばかり。
物の怪、鬼と罵られ二十一年を経ぬ。
我もとより鬼なりせば、かくのごとき憂き目も遭ひざらまし。
否、我は人の貌を借りし鬼ならむ。
然るに、行き着かん先は地獄の果て。
地獄の果て、それ我が生まれし所なり。


砕 ―赤き花、咲乱れ―


「うむ……久方ぶりに酔ったわ」
上等な着物にその肥えた身体を詰め込んだ男は、赤ら顔で、なお杯を傾けた。
その男を相手に酒の入った徳利を持つ男は、空になった杯に酒を注ぐ。
こちらはと言うと、痩せていて妙に顔色が悪い。
彼は言い難そうに、しかし切り出した。

「それで、あの……期日の方ですが……」
「うん?」
「……延ばして頂けないで、しょうか」
良い機嫌になっていた男は、痩身の男の言葉に顔を歪めた。
杯の中の酒を男の顔に引っかけて、意地悪く言う。
「戯けたことを。払えぬとあらば、娘を差し出すか?」

金貸しであるらしいこの男は、酒に濡れ更に顔色を悪くした男の首を引っ掴む。
男は声にならない声を上げた。
「しかと払ってもらおう、明後日の期日まで」
己の首を掴んでいた手が放されると、痩身の男は咳き込んだ。
そして、この肥えた金貸しを睨め付ける。
見下すような眼でそれを見据えながら、金貸しは酒を煽った。
「何だ、その眼は」
男は金貸しを睨み付けたまま、小さく言った。

「……その昔、暗殺を生業とする一族がいたそうです。しかし不思議なことに、彼等は人を殺めるに、刃も毒も用いなかった。彼等が暗殺に用いた道具は、己の人差し指ひとつだったそうです……」
「それが、どうした?」
金貸しは胡乱げに男を見据える。
「こう言うことです」
男が言った。
「――砕(サイ)殿」
ゆらり、と紙燭の炎が揺らぐ。
一瞬だけ薄暗く灯っていた蝋燭の炎が消えた。
「なッ、何だお前は!」
再びそれが灯った時、金貸しの前にはひとりの男が立っていた。
薄い色の髪と肌、臙脂色の着物を着た青年――サイ。
音も立てず天井から降りて来た彼は、沈痛な面持ちで後ろにいる痩身の男に訊ねた。

「雇い主……後悔はしないか?」
「も、勿論だ、後悔など! この男はわたしと妻を苦しめ続け……あまつさえ、娘を……!」
「……そうか、解った。しかし……後のことは、知らないぞ」
俯き、震える男の言葉に、サイは息をついて金貸しを見据えた。
灰色がかった瞳に揺らぐ、憐れみの色。
右手をゆっくりと上げて、彼は金貸しの額に人差し指を当てた。
「あんたに恨みはないが……」
額に当たった彼の人差し指はやけに冷たく感じられた。
金貸しは戦慄する。
どっと額から背から汗が噴き出るような気がした。
「ま、まさか……?!」
「雇い主の命により、死んでもらう」
「ま――……」


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