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〈気配〉
【SF 官能小説】

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天井-1

 「あ、そろそろ寝なきゃ。明日も学校だし。」
 朝起きてご飯を食べて学校へ行っておしゃべりして帰ってきてしばらくダラダラ、そして晩御飯お風呂ちょっとだけ勉強みんなでチャットやゲーム、ベッドでゴロゴロいつの間にか寝てる。
 そんな生活が始まったのはいつだったのか定かではないけど、なんで毎日毎日同じようなことを繰り返さなきゃいけないんだろう。こんなふうに退屈なまま終わっちゃうものなのかな、人生って。
 おねだりにおねだりを重ねてようやく手に入れた10.1型大型タブレットには、なんでもいいから人々の気を引いて再生回数を稼ぎ、アフェリエイトで生計を立てているという、その世界では有名な人の作った動画が流れている。
 どこか誠実さを感じられないそのビジネスに最初は不快感しか抱かなかった私だが、考えてみればテレビだって同じことをずっとやってきたじゃないか、という事に気付いてからは気にならなくなった。
 視聴率を稼げる番組を放映し、その合間に流すCMでスポンサーから広告料を得る。それがテレビだとしたら、ネットを発信源にしているのが動画サイトだ。メディアが違うだけで、やっていることは同じだ。
 違いを一つ挙げるなら、テレビが大企業による運営なのに対し、動画は個人による小規模な活動がベースになっているという点だろう。そのため小回りが利くし、自由な発想で創作が出来る。
 でも、テレビがだんだん陳腐でつまらない物に堕落していったように、動画の世界もいずれ…。まあいいや。面白い間だけ愉しめばいい。興味を持てなくなったら別の遊びを見つければいいんだから。
 「あーあ、疲れたー!」
 私は大きく伸びをして後ろ向きにベッドに倒れこんだ。タブレットは適当に枕元に放り投げた。小さな子供のころから見慣れてきた、優しいベージュの天井が、いつも通りに穏やかに私を見下ろしている。
 叶わない恋に涙した夜、受験が辛くて歯を食いしばった朝、友達と床に寝転がってヒソヒソ話をした事もあったなあ。そして、初めて自分でしたあの時も…。いつも私を見守ってくれた、この天井。
 「あの時、か。」
 なんだかよく分からないけど気が付くと自分の胸を触っていた。そして先端を爪でカリっと。その時、それまで経験したことのなかった初めての感覚に私は驚き、戸惑い…。
 「やだ、なんだか疼いてきちゃった。」
 パジャマ代わりのスウェットに手を突っ込み、そのままパンティの中へ手を入れて這わせ、茂みを掻き分けて…。
 「ん?」
 誰かの視線を感じたような気がして手を止めた。
 「何だろう、この感じ。見張られている?いえ、そうじゃない。そうじゃないけど…。」
 グーン、と天井が降りてきた。
 「え!」
 それは音もなく、しかし確実に私の上に迫ってくる。
 「ちょ、ちょっとぉ、何よ!」
 ありえない。地震の揺れは感じないし、上の階の床が抜けるマンションなんて、聞いたことがない。いや、無くはないけど。それに、こんなにゆっくりとだなんて、落ちてくる速度とは思えない。
 「う、うう…。」
 潰される!じわじわと迫る天井に恐怖を感じ、逃げようともがいた。
 しかし、いくら焦っても私の体は動かない。どんなに力を入れても。いや、動かないのではなく動けないのだ。まるで見えないロープでガチガチに縛り上げられているかのように。
 「うそ…。私、死ぬの?自分の部屋の天井に潰されて死ぬの?退屈な毎日なりにいろいろ楽しいこともあった。なのに、こんなふうに終わってしまうなんてバカみたいじゃない!何よこれ…。」
 ついに天井は数十センチの距離にまで近づいた。細かいシボ加工の凹凸、そして素材の色ムラまではっきりと分かる。
 「や、やめ…」
 私は叫ぶ事も出来なかった。天井は有無を言わせず私にのしかかり、私は厚みを失った。ああ、終わったんだ。
 と思ったその瞬間。プラ容器をベコンと裏返したように私の体は三次元の構造を取り戻した。下向きに。
 「え、あれれ?何なの?」
 その視線の先には、迫ってきた時と同様の無感情な精密さで天井が落ちていく。落ちていく?果たしてそれは下なのか。そして、私は今どっちを向いているのだろう。
 重力を感じない。何の光もない。何の音も聞こえない。私に触れるものは何もなく、暑くも寒くもない。時すらもその流れを止め、私はカチリ、と静止した。
 ただ一つだけそこにあるもの。それは、〈気配〉。


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