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新しい君に
【その他 官能小説】

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新しい君に-4

(4)


 テレビを観ながら弁当を食べる俺たちに特に会話はなかった。だが、2人の間に漂う空気に意識した滞りもなく、気まずさ息苦しさなどもまったくない。
(不思議だな……)
繰り返された日常のような錯覚が過り、ここにいることが自然な状況にも思えてくるのだった。
 俺には少しも面白くないバラエティを観て『純子』はよく笑った。
「そんなに面白い?」
「だって、この人変なことばっかり言うんだもん」
「よく笑うんだな」
頓狂な声を出して笑う。
「すいません。うるさいですか?」
「いや、そんなに笑うイメージじゃなかったから。明るいんだな」
「けっこう笑い上戸なんです。でも、外じゃ笑えないから」
笑うと声質がより男っぽくなってしまうという。たしかにそう感じた。

バイトはスーパーの品出しである。
「あまり人と話さなくていいから……マスクしててもかまわないし」
自分が『女』だということを隠しているのではなく、疑念や誤解が煩わしい。
「面倒なんです。説明したって仕方ないし、無理だし……」
採用時には正直に伝えてある。やはり従業員の目は冷ややかだという。
「でも気にしないでいくしかない。しょうがないですから……」
(苦労があるんだな……)
近頃は同性婚や性障害に理解を示す動きもあるがまだまだ一般に受け入れられてはいない。
(俺だってそうだ)
女に見えたのに男だと知って興味を抱いたのだ。
 食事の後片付けも几帳面だった。弁当の器もきれいに洗ってポリ袋に小さなアルミでも分別した。

「いままでナンパされたことあったんじゃないか?」
俺が訊くと純子は複雑な笑みをみせた。
「あります……でも……」
今度はにっこり笑って、
「事情を話すとたいてい苦笑いしながら離れていきました」
その離れ方がとても気持ちを重くさせると言った。
「何度も振り返って、首をかしげながら……」
「信じられないって感じかな」
「そうでしょうね……。しばらくあたしの全身を眺めまわす人もいました」
「それだけきれいだってことだよ」
「そんなことないです。……外見を飾ることしかできないから……」
心の内は見せられない。
「それは、ほんとの女だって同じだ。男だって……。付き合ってみたらひどいのもいるし……」
「そういうこと、あったんですか?」
「あったよ、何度も。……思い出したくもない……」
「ごめんなさい……」
「別に、いいよ。……純子は、何人と付き合ったの?中学の時に彼氏いたっていうし」
「わあ、嬉しい」
俺が『純子』と呼んだのが嬉しかったようだ。

「その『彼氏』は、ふふ、特別でした」
気付かなかったが、彼は純子と同じ『女』であり、しかも同性愛だったという。
「その頃は女の子の格好はしてません。男子の制服」
言葉遣いも男だったのだが、
「あたしのこと、感じたんでしょうね」
『彼』から告白をされて、純子は気付かずに男子と思って交際を始めた。
「初めてキスした人でした……」
2人とも昂奮して、彼の部屋で抱き合って転げ回った。
 その後も度々訪ねては抱きしめ合った。それが精一杯の愛の表現であった。

「ある時、彼、言ったんです。『あたし』って……」
将来お金を貯めて体もすべて女になるつもり。手術して、ホルモンも打ってオッパイも大きくする。
「ずっと一緒にいてって……」
混乱した頭でわかったのは、彼は『女』で『女』を求めていることだった。
「そんなことがあるんだ……」
「あるんです……。あたしは男性が好き、『彼』は女性……。あたしとは、合わないんです……」

 それから4人の男と付き合いがあったが、心が合う人はいなかった。体は『男』と知った上での付き合いだったが、
「みんな興味本位というか……怖いもの見たさかしら。そんな人ばかりで長くは付き合いませんでした」

(興味本位……)
俺だってその部分はある。俺は焼酎を煽って思い切って訊いた。
「セックス、したの?」
純子と目が合い、一瞬の間があった。
「きつい一撃」
純子が笑った。
「途中まで、ですかね……」
途中までとはどういうことか、俺はそれ以上訊かなかった。

 話が途切れて部屋には煙草の煙が満ちた。純子も吸った。
「泊めてくれる?」
言ってから言葉の重さを感じた。純子は驚きもせず、煙草をゆっくりと揉み消した。
「お風呂、沸かしてきます」
笑顔はなかった。

 

 



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