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新しい君に
【その他 官能小説】

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新しい君に-2

(2)

 
 こじんまりした部屋は完全に『女』の部屋だった。
白い壁は貼り替えたばかりのようにくすみもない。カーテンは淡いベージュ、カーペットもベージュ色なのは合わせたものだろうか。全体に白が基調になっている。隅にあるベッドは白、小さなテーブルもパソコンも白。着ているパーカーも白い。好きな色なのか。ともかく、
(似合っている……)
そう思って『彼』を振り返った。

「紅茶です。レモンティ」
カップの縁に薄切りのレモンが挟んである。
 帰宅すればまず缶ビールを半分ほど一気に煽って得体の知れない心の吐き出すように息をつく。それが一日の区切り。コンビニで買った適当な食い物を腹に詰め、そのあと焼酎を飲んで酔いが回った頃に風呂に入る。体に悪いとはいうが、そんなことはどうでもいい。……

「もしかしたらお酒のほうがよかったかしら?」
「いや、いいよ」
「お酒飲むんでしょう?」
「家ではね」
「あたし飲まないから気が利かなくて。今度買っておきます」
「うん……」
返事をしてから可笑しくなった。また訪問する流れになっていた。

「きれいにしてるね」
改めて室内を見回した。
「女の子の部屋って感じだ」
「ありがとう。嬉しい……」
本当に嬉しそうに笑った。が、見えているのは目だけである。部屋に入ってもマスクは着けたままだった。
(なぜなのか……)
 考えたのは花粉症、あるいは痣や、傷痕など気にしているものを隠しているのかもしれないということだった。
 
 三上純也は自分のことをよく喋った。一人っ子であること、両親とも公務員、
「父は税務署で母は教員。堅いい家なんです。それなのにあたしが……」
「柔らかい」
「ふふ、そう、柔らかいです」
煙草を取り出しかけて、
「禁煙?」
「いいですよ、吸って」
棚の開きから小鉢のような灰皿をだしてきた。
「きれいな部屋だからなんか、悪いな」
「あたしも吸うんです。1日1本か2本」
「そう……」
「初めて吸ったの、中学3年の時」
「早いな」
「……その頃の彼氏が吸ってたから真似して」
(彼氏か……)
いつから『女』と自覚し始めたのだろう。自ら「男なのに女」と打ち明けたのだから、ある程度踏み込んで訊いても構わないのかもしれないが、やはり微妙な『部分』である。根掘り葉掘り訊くことにはためらいがあった。

「今は、吸わないの?」
俺が火をつけて煙を吐き出すと、
「吸おうかな……」
引き出しからメンソールの煙草を出した。
「外では吸わないから置いてあるんです」
三上純也は俺の目をじっと見て、
「マスク、気になるでしょ?」
そう言い、
「上条さんには見せちゃう」
呆気なくマスクを外した。

「こんななの……」
一瞬、無表情な白い顔が明かりに浮かび、すぐにきれいな歯並びが見えた。
「男に見えちゃうでしょ?」
たしかにマスクで隠していたほうが『ごまかせる』と思った。面立ちがやはり女性とは何となくちがう。印象として線の太さを感じた。だが男にしては小顔で目鼻立ちも整っていて色白なので『美人』ではあるだろう。
 口元に手を当てたのはそこが気になるからだろう。うっすらと髭の剃りあとが見える。
「薄いほうなんですけど……」
「毎日剃ってるの?」
「外へ行く時は一日2回……」
出掛ける前と午後、トイレで剃るという。
「何か飲んだり食べたりするから……」
ファウンデーションで隠すこともしたことがあるが、マスクは手放せないのですぐ取れてしまうらしい。
「そんなに目立たないよ」
「ありがとう……」
「トイレは女性用に入るの?」
「はい。ばれたことないです」
「そうだな。可愛いから」
「おじょうず。ふふ」

 煙草を挟んだ指は手入れをしているようで滑らかだがやや骨太である。
「女性ホルモン、効果があるらしいけど……」
「お金ないです。考えたことはありましたけど、飲むんならずっと続けないとならないみたいだし……」
口元に淋しそうな笑みが浮かんだ。
「今のままで十分じゃないか?」
俺はやさしい気持ちになっていた。

「何か食べますか?おなか空いてるでしょう?」
「いや、もう帰るから」
「そうか、ごはん出来てるんですね」
「いや、出来てないよ」
「奥さん、いるんでしょう?」
「いないよ。1度結婚したことあるけどな」
俺は煙草を揉み消して立ち上がった。
「来てくれてありがとう……」
「ああ……」
靴を穿きながら、俺は振り向かずに言った。
「じゃあ、また……」
「はい……また……」



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