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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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 慶長十二(1607)年二月、大御所家康は居城である駿府城の大改修を命じ、しばらくの間、江戸城で暮らすことになった。
 その頃、お国一座の評判は幕臣の耳に届いていたが、いよいよ将軍もその存在を知るところとなり、「いささか下品(げぼん)な踊りというが五穀豊穣の神事にも通じるところあると聞く。よいよい、城内へ招き入れ、舞を披露させよ」と秀忠の許しが出たのである。

 お国一座の興行は江戸城本丸の大広間に面した表能舞台で行われる予定だったが、卑しい踊りもあるということで二の丸書院に接する能舞台へ変更された。ところが能役者たちから「河原乞食らを舞台に上げるのは承服致しかねる」と苦情が出たので、結局、二の丸にある大きな泉水(庭園中の池)付近に仮舞台を設置し、そこでお国が舞うこととなった。

「国姉(ねえ)、いよいよだね。……さっき見たら、観衆の中に家康の姿もちゃんとあったよ」

舞台裏で宇乃が囁く。十二歳になった彼女は身体はまだ大人の入り口という感じだが、お国一座の一員として諸国を巡り、世の中を見てきたので心は大きく成長していた。この興行が単なる踊りの披露ではなく、家康の首をとるという大それた目論見があると知りつつも、臆する色はなかった。
 江戸城内の特別興行ということで行き過ぎた化粧を控えるよう幕臣より言われていたお国だったが、いつもと変わらぬ白塗りに翠黛紅粧、錦糸を驕った派手な衣装。加えて本日は馬手(めて)の扇子は総金箔、弓手(ゆんで)の太刀は銀箔化粧の鞘だった。

 すっかり装いを整えたお国は宇乃の髪飾りの具合を確かめながら言った。

「あたしが事を起こした後、舞台周りは騒然となるだろう。逃げ道の見当はつけておいたかい?」

「逃げ道だなんて……。あたいは二の矢。国姉が万一し存じた場合、あたいが家康に隠し刃を突き立てる」

「それは心強いが、無理は禁物だよ。家康の周りには剛の者が配されている。特に、徳川四天王のうちの二人、井伊直政と榊原康政が大御所の両脇に陣取っている。一瞬の隙を突かなければ、狸じじいの眉を剃り落とすことだって出来やしない」

「国姉こそ無理はしないで」

「ここまで来て何を言うんだい」

笑いながら宇乃の頭を小突き、せっかく整えた髪飾りが少し曲がる。そこへ、海野六郎が「刻限でござる」と告げにきた。彼は舞台設営から幔幕の手配、篝火の設置に提灯の吊り下げ、果ては事後の逃げ道の確保まで一身に担っていた。

「父上……」

宇乃が珍しく武家の娘の口調になった。海野氏は信濃国小県郡海野荘を本貫地とした武家で、六郎はその末裔であった。普段はちゃらちゃらしている宇乃にも武家の血が流れていた。

「なんだ宇乃。いつになく神妙な顔だな」

丸みを帯び始めた娘の肩に手を置き六郎が笑う。宇乃はなおも何か言いたそうな顔をしていたが、うつむき、しばらくして面(おもて)を上げた時には舞台に上がる者の顔になっていた。
 その様子を遠くの大きな松の梢から窺う者がいた。早喜であった。彼女は昌幸屋敷の窓外でお国の決意を密かに耳にし、いざ決行の暁には助力せんと思い立った。千夜には黙って九度山を抜け出し、お国には見つからぬよう距離を保って後を付けた。そして今日、一ツ橋御門から江戸城に忍び込み二の丸に辿り着いたというわけだった。


 お国の興行は暮れ六つから始まった。時を告げる江戸城太鼓櫓からの音が鳴り止んだ時、舞台の上へ若い娘らが宇乃を先頭に駆け上がった。総勢二十名。うち、江戸での興行を見て感激し一座に入った娘が八名もいた。太腿まで露出する華美な衣装、溌剌とした群舞、心浮き立つ唄いぶり。観衆、特に若侍たちは一瞬でとりこになった。
 家康と秀忠は、やや離れて座っていたが、二代将軍は新奇な趣向の踊りに早くも大いにご満悦の様子であった。肝心の家康はというと、やや背を反らし驚いた風ではあったが、片眉を上げたきり、それ以上表情の変化はなかった。
 しかし、前座が舞台袖へ下がり、入れ替わるようにお国が現れると、大御所の身体は徐々に前のめりになっていった。
 女だてらに男の所作。そんな雰囲気の舞であったが、大仰な腕の振りでひらめく扇子と大刀の動きが面白く、奇抜ながら妖艶な化粧の顔は蠱惑的。男物の衣装ながらはだけた胸から見える谷間が扇情的。笛・太鼓に合わせて唄う美声が離れた席までよく通り、思わず聞き惚れる。何より、時折、家康に熱く注がれるお国の視線が大御所の心を捉えた。
 お国が持つ大刀は、普段は刃の付いていないものであったが、今宵のそれは人を殺めるに足る力を宿していた。
 舞いながら跳躍し家康めがけて振り下ろすことをお国は考えたが、両脇に侍る井伊直政、榊原康政両名が眼光鋭く、決行すれば返り討ちに遭うのは明らかだった。
 踊りながら左手を一閃し大刀を大御所めがけて飛ばすことも心に浮かんだが、前に陣取る剛の者らが身を挺して立ち塞がり失敗する可能性が大きかった。
 結局、お国は凶行に及ぶことなく舞を終え、茶屋の亭主に扮する宇乃と娘らの面白おかしく卑猥な雰囲気の踊りへと舞台は移った。女陰と男根の張りぼてを用いた出し物は、さすがに城中ということもあり控えられたが、最後にまたお国が舞台に登場し、先ほどにも増して目を惹きつける舞を披露して、興行は幕となった。


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