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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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 徳川家では江戸城の周り、特に西側に伊賀者数百名(他に甲賀者数十名)を住まわせていた。伊賀者を統べる表だった者は服部半蔵正就。ゆえに彼らの住まいに近い江戸城・搦め手門を半蔵門という名で呼び、今に至っている。
 が、服部家の屋敷の奥深く、服部半蔵正就の居室よりも豪奢な部屋があった。
 黄金好きで有名な秀吉の金の茶室ほどではないにしろ、金箔を贅沢に壁に貼り、南蛮渡来の調度が広い座敷を埋め尽くし、酒池とは言えないがひと抱えもある酒甕がいくつもあり、肉林とは呼べないが大きな猪肉が炉の上で盛大に煙を上げていた。

「小太郎。遠慮せずにもっと呑め。たんと喰え!」

ただ大声を出しているだけなのだが、雷鳴の轟きのようだった。その声の主は高坂八魔多(こうさかやまた)。呑め、喰えと促されたのが風魔小太郎という凶相の三十男だった。
「風魔小太郎」は北条氏に仕えていた忍びの者、風魔一党の頭領、その代々の名前であり、ここにいるのは六代目の風魔小太郎だった。五代目は北条氏滅亡後、江戸の街を荒らし回る夜盗になり、幕府に捕縛され処刑されたので、風魔の血は途絶えたと思われていたが、五代目には隠し子がおり、その者が六代目を僭称していた。

「八魔多さんよ。十分に呑み、存分に喰ったぜ」小太郎の声は八魔多の声にくらべ低かった。だが、妙に耳に通り、ねばりつくような響きもあった。「胃袋が膨れたのはいいけれど、その下にある金玉袋も膨れてきやがった。その袋の中は、栗の花の臭いがする汁、それで溢れそうになってるぜ」

「そうか小太郎、酒の次は女か。……ふふふ、それもたんと用意してある。次の間を覗いてみよ。かどわかしてきた年端も行かぬ娘から相模女の大年増までおる。よりどりみどりだ」

「それじゃあ……、相模女は情が細やかで好色だという噂なんで、そいつを頂くことにしようかな」

小太郎はゆがんだ笑みを浮かべ次の間へ姿を消した。そして、容姿はややくたびれてはいるものの熟した色香をふんだんにまき散らしている女を伴って出てきた。寝所は別にあり、しなだれかかる大年増を連れ立って悪人面は廊下の奥へと消えていった。
 入れ替わりに別な客が座敷に入ってきた。

「なんだ、おばばか」

「なんだ、おばばか、ではないわ。おぬしは所在が不確かゆえ会いとうてもなかなか会えぬ。こんな豪勢な部屋がありながら、居ることは滅多にない。今日はたまたまおったゆえ会えたが……、伊賀者の頭領なら頭領らしく、でんと構えてここに落ち着いておれ」

ぶつぶつ言いながら八魔多の向かいに腰を降ろしたのは、さきほどの大年増をひと冬寒ざらしにし、さらに樽へ三年漬けてから引き出したような渋皮色の老婆だった。

「狐狸(こり)おばば、久しいのう。……まずは一献」

差し出された大徳利を猪口で受けようとし、思い直してぐい飲みに持ち替えて狐狸婆は酒を注がせた。
 八魔多は古漬けを肴(さかな)にしているような気分で四方山話をし、盃を傾けていたが、やがて、襖(ふすま)を隔てて遠くより女の甲高い声が流れてきた。小太郎と寝ている大年増の声だった。それは徐々に熱を帯び、張りを持ち、狂態を晒す様があけすけに聞こえてきた。

「臥所の女、物凄い声じゃのう。あれほど盛(さか)らせるとは、相手の男も相当なものじゃ」

下卑た笑みを浮かべる狐狸婆に八魔多が苦笑しながら答える。

「今、女を狂わせているのは風魔の小太郎よ。きゃつめ、忍びの技も確かだが、まぐわいの技量も人後に落ちぬ。いや、この屋敷の中では随一のまぐわい巧者と言ってもよかろう」

「随一とは褒めたもの。したが、真の一番はおぬしじゃろ。高坂八魔多に敵う性豪など、この江戸、いや、日の本にはおるまいて」

「ずいぶん上げられたものだ、ははははは。……ところで、今日は何用じゃ、おばば。世間話をしに参ったわけではあるまい」

「ふむ……。わしの卜筮(ぼくぜい)によると、大坂の雲行きが妖しいのじゃ」

「おばばの八卦は当たるからのう。……大坂というと秀頼か」

「秀頼というよりその母御」

「淀殿か。……関ヶ原の戦の後、大御所が豊臣家の所領百五十七万石を思い切って減らし、今では六十五万石しかないからのう。以前は大人しく幕府へ頭を下げていた淀殿だが、そろそろ敵愾心を燃やしてきたかな?」

「家康はそのうち、秀頼を江戸へ上洛するよう要求するじゃろうが、おそらく淀殿は首を縦には振るまいて」

「大御所の出方、そして淀殿の応じ方次第では、やがて戦になるかもしれぬな」

「問題はその戦よ」

「ん? よもや、幕府側が負けるとでも言うのか?」

「それはないじゃろうが、八卦によると、戦の最中、家康が落命するおそれがある」

「ほう……、占いでそこまで分かるものか」

「災いの元は、今は大坂にはおらぬようだが、そこより少し南の方角に悪しき卦が……」

「大坂より南というと浅野幸長が治めておる紀州か。幸長は豊臣政権では五奉行の一人ではあったが、かの者がおばばの心に掛かるほどの人物とは思えぬ」

「幸長ではない。紀の国におる別な男じゃ」

「他に誰がおる?」

「配流されている者がおるであろう」

「……真田。……真田昌幸、幸村父子か?」

「そうじゃ」


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