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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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寂しさの行方-2

 私は新しいグラスを持って神村の横に座った。
「神村主任、ビールでいいですか?」私はテーブルに並んだビール瓶を手に取った。
「うん」彼は自分のグラスに残っていたものを飲み干して私に差し出した。
 私はそのグラスにビールをついだが、半分ほど注いだところで瓶は空になってしまった。
「あ、ごめんなさい、ぬるいビール、ついじゃいました……」
 申し訳なく思い慌ててもう一本の瓶に手を掛けた私の手に軽く触れて、神村は言った。「平気です。気を遣わなくてもいいよ」

 私は彼の前にウィスキーグラスが置かれているのにその時気づいた。

「す、すみません、主任、もうビールじゃなかったんですね」
 彼はそのグラスを持ち上げ、氷の入った琥珀色の飲み物を目を細めて少しだけ飲んで、嬉しそうな目を私に向けた。
「大好きなんです、僕」
「ウィスキーがですか?」
「そう。いつもってわけじゃないけど、こうして気分がいい時にはいただく。たまに飲むからすごくおいしく感じるんだ。君も飲む?」
 神村は持っていたグラスを目の高さに持ち上げた。
「わたし、飲んだことないんです」
「ちょっと飲んでみてごらんよ、舐める程度でいいから」
 神村からそれを受け取った私は、おそるおそるそれを口に運び、唇を突き出してグラスを傾けた。
 中の氷がカランと音を立て、その拍子にけっこうな量のその琥珀色の飲み物が口の中に流れ込んだ。
 焼けるような苦みと痺れが口の中だけでなく頭頂部にまでいっぱいに広がり、私は思わずグラスを口から離してひどくむせかえった。
「おやおや! ごめんごめん」神村は慌てて私の手のグラスを受け取り、背中を軽くたたきながらひどく申し訳なさそうに言った。「無理して飲ませちゃいけなかったな」
 彼は恐縮しておろおろしていた。
 私は口元をハンカチで拭った。「す、すみません」

 神村は慌てて立ち上がり、テーブルの端に置かれていたロック用の氷に水割り用の水を注いだグラスを持ってきて私の目の前に置いた。そして座り直すと自分の首のネクタイに手を掛け、結び目を整えた。そして私の背中をそっと撫でながら言った。「ごめんね、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です。すみません、主任……」
 神村の手はブラウス越しにもその温かさを感じることができた。その柔らかな感触に、私の身体は図らずも僅かに熱くなっていた。もしかしたら、それは今飲んだウィスキーのせいだったのかもしれない。

 神村がわざわざ作って持ってきてくれた氷水の入ったグラスを両手で持って膝に乗せたまま、私は焼き鳥の串を手に取った神村に目を向けた。私の胸のあたりには、無防備に口に入れてしまったウィスキーの熱く不快な刺激が、まだもやもやとうずくまっていた。
 口の中に残った苦みが気になって、ごくりと唾を飲み込んだ後、私は少しハスキーな声で言った。「主任にはお子さん、いらっしゃるんですか?」
「え? ああ、いる。中学に上がったばかりの息子と小学生の娘。どっちも年頃で反抗期さ」
「じゃあわたし息子さんとの方が歳は近いですね」
「そうだね。君ぐらいの娘がいてもおかしくないね。僕ももうすぐ40だし」
 神村は焼き鳥を一切れ口でむしり取って、口をもぐもぐさせながら微笑んだ。
「いや、早すぎでしょう」私は言った。「わたしが主任の娘だったら、神村さんは18でパパになったってことですよ」
「そうか。それもそうだね」神村はおかしそうに笑った。
 私もつられて笑った。

「結婚したのは23の時」
「早かったんですね、それでも」
「早い方かな、確かに。妻は二つ下。だから今の君と同じ歳だね。前の前の職場で知り合った。でもなかなか子供はできなかったな。上の子は僕が27の時に生まれたんだ。結婚して4年目」
「お幸せそう」
 私がそう言った時、神村の表情が明らかに曇った。
「……そうでもないよ」

 神村はウィスキーを一口飲んだ。
「今、僕と妻とはほとんど夜の交渉はない。彼女は二人の子供のことにしか関心がない」
 神村の低い声に私は身体を固くした。
「なんか、家にいても僕だけ浮いた感じがしてね」
「そう……なんですか?」
 私は早くこの話題から離れたいと思い始めた。
「だからこの夏から僕は単身赴任」
「え? そうだったんですか?」
 神村の弁当が『おたふく弁当』に変わった理由が今解った。
「その方が気楽だから。今は職場まで車で10分程度のアパートに住んでる」
「主任のご自宅って隣町ですよね? 通勤には問題ない距離でしょう?」

「いたたまれない……っていうか」
 神村は少しうつむいてテーブルに戻したグラスの曇りをその長く白い指で何度も拭った。

 私は次の言葉を選びかねていた。すると、神村は不意に目を上げて言った。
「浅倉さんには彼氏がいるんでしょ?」
「えっ?!」
「そんな顔してる」神村は笑顔に戻っていた。
「そんな顔?」
「いるんでしょ?」彼は私の顔を覗き込んだ。
「は、はい。大阪に……」

「愛する人と離れてて寂しい、って顔、してる」

 私ははっとした。

 神村はそのまま何も言わずにまたグラスを口に運んだ。



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