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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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温かな職場-2

 数日後のある日。真夏の暑さも峠を越したのだろう、施設の裏手にある林でけたたましく鳴いていた蝉も、心なしかとぎれとぎれで控えめ鳴き方に変わっていた。

 午後5時を過ぎると、生徒たちは保護者の迎えの車や路線バスで一斉に帰宅していく。
 私は施設から歩いて1分ほどの場所にあるバス停で、担当の生徒二人をバスに乗せた。そしていつものように運転手に一声掛けた後、そのバスが走り去るのを見届けてから施設に戻った。
 正門を入った所で私は、門の横にある小さな花壇に咲き始めたコスモスが目にとまって、しばらくそこに立ったままそれを見ていた。その時、不意に肩を軽くたたかれ、思わず振り向いた。それは神村だった。いつものように彼は穏やかに微笑みながら私の顔を見下ろしている。
「どうしたの? じっと何か見てたみたいだけど。気になるものでも?」
「え、ええ。そろそろコスモスの時季だな、って思って見てたんです」
 神村も私が見ていた花壇に目をやった。
「ああ、これね。そうだね。もう、すぐに秋がやって来る。花、好きなの?」
「ええ。わたし、特にコスモスが大好きなんです」
「へえ。どうして?」
 私は少し困った顔をした。「特に理由はないんですけど……」
「そう」

 神村は微笑みながら私に顔を向け直した。「今日も一日ご苦労さん。疲れただろう?」
「そうですね……」私は遠慮なく大きなため息をついた。「こんなにハードな仕事だとは思ってませんでした。今さらですけど。学校で勉強してた時、想像してたのとは全然違います」
 神村は小さく笑った。「最初はみんなそんなもんだよ。そのうち慣れてくる」
「そうだといいんですけど……。もう半年近くなるのに、まだ皆さんにご迷惑をおかけしてばっかりで……」
「そんなことないよ。浅倉さんはよく働いてくれてる。僕もとっても助かってる」神村は目を細めた。「バス停まで生徒を送って、運転手にまで声を掛ける職員は今までいなかった」
「え? どうしてご存じなんですか?」
「うん。この前バス会社に挨拶に行った時、営業所の所長さんが言ってたんだ。運転手も助かってるって仰ってたよ」
「主任はどうしてバスの営業所に?」
 神村はひょいと肩をすくめた。「だって、うちの生徒が毎日世話になってるからね。月に一度ぐらいは出かけてるよ」
「そうだったんですね……」
 私はこの主任のフットワークの軽さや細かい気配りに感心しきりだった。
「ありがとう。いつも生徒のために」神村は私に向かって微笑んだ。
 私は照れたようにうつむいた。
「どう? 続けられそう? この仕事」
「はい、もちろんです。せっかく雇っていただいたんですから、わたしがんばります」
「そう。偉いね。でも無理はしないこと。わからないことや悩むことがあったら遠慮なく相談してね。プライベートなことでもOKだから」
「え?」私は思わず顔を上げた。
 主任は少し小首をかしげて私に目を向けていた。
「ありがとうございます」私は微笑みを絶やさないその上司の顔を見つめた。「わたし、恵まれてると思います。ほんとにいい職場で……。スタッフもみんないい人だし。主任も素敵な人で……」
 私はそこまで言ってはっとして言葉を飲んだ。『素敵』という言葉が話の流れに不釣り合いだと思ったのだ。

 その背の高い男性は何も言わずまたぽんぽんと私の肩をたたくと、施設の建物の中に消えた。



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