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ありがちな二人の、ありがちな日々
【女性向け 官能小説】

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夜明け-1


いつだって足りない。心の、小さくて大事なひと欠片。
目に見えない小さな隙間。それを人はどんな言葉で呼ぶのだろうか。

湊は、新太の熱い息遣いを耳に感じながら、頭の片隅でぼんやりと考えた。

「湊サン…」
「――っあ…っ…」

せつなげな吐息混じりに、愛しげに名前を呟かれる。そんな新太の声を聞くだけで、湊は体の芯が震えるような甘い痺れと疼きに支配され、喉奥から跳ね上がるような声が漏れて止まなくなる。
そんな自分を自覚すると羞恥で体が火照りを増していく。それと同時に、胸が詰まるような感情が広がり、視界が水を纏いぼんやりと景色が霞んでゆく。

幾度となく言葉を交わしても、幾度となく抱き締めあっても、失う怖さから逃れられない。
二人の時間が重なり合えば合うほどに、好きになればなるほどに、失う怖さが増してゆく自分を感じて。湊にはそれが堪らなく哀しかった。


「湊サン…、くるしい…?」
新太は、湊の目頭を親指でそっと拭い、か細い笑みを見せた。

「居なくなっちゃ…やだ…よ…?」

湊は、震える声で譫言のようにそう呟き、新太の少し長めの前髪をそっとかきあげて、切れ長の黒い瞳に自らの視線を合わせた。
そんな湊を見て新太は、ふっと穏やかに笑んで、

「大丈夫だよ。湊サン。ボクはちゃんとここにいるから。ね?」

湊の髪を撫でるように指でそっと鋤いて、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねた。





夜の色を纏い眠っていた町並みが、ゆっくりと目覚めるように在るべき色を取り戻す。

夏の夜明けは短い。登りゆく眩しい朝日と共に短い命を詠うように蝉が鳴き出す。そんな夏の景色をべランダから眺めながら、新太は大きな決意を瞳に宿した。

音無く振り向いた、広いサッシの窓の向こう。
朝日に輝く背の伸びたパキラの葉の緑。
ソファーで穏やかに眠る湊を見つめて、

「ありがとう。湊サン。貴女のお陰です。中途半端に逃げ出したボクの弱い心を引き上げてくれて、本当にありがとう」

新太は小さく笑んで呟いた。

ベランダから部屋へ戻り、湊の旁にスケッチブックをそっと置くと、

「今度は逃げずにちゃんと歩くよ。ちゃんと歩いて、胸を張って。今度はボクが貴女を引き上げるよ」

湊が起きないように、そっとひとつ髪を撫で、新太は湊のマンションを出た。



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