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ありがちな二人の、ありがちな日々
【女性向け 官能小説】

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いつのまにやら住み着いた人 -1


リビングのソファーですやすやと寝息をたてている新太を眺めていると、迷子には二通りの意味合いがあるのだなと、湊は小さな笑みを浮かべながらそう思った。

目的地が明確で、地理を間違え道に迷う迷子。
生き方や夢など行き先が不確かなものに迷う迷子。

「新太は間違いなく後者だよね…。まあ、私も人の事は言えないけどさ…」

十帖程のリビングと床続きの六、五帖のダイニングのテーブルでノートパソコンを開き、なんの意味も持たない文字の羅列を敷き詰めるかのように、忙しなくタイピングをしていた指を止めて、湊は大きなため息をひとつ落とした。

「…もうやめた。無理だ。やっぱり私には書けないよ…」

開いたファイルを閉じ、シャットダウンをして、湊は小さく肩を落として新太が眠るソファーへと歩いた。
音もなくローリングにぺたりと腰を降ろし、新太の黒少し長めの髪を撫でながら、

「キミは、いつになったらまた描くんだろうね…」

愁いた瞳で呟いた。

「…もうすぐ一年かぁ。…時間が経つのってなんだか早いね」

湊が見つめる青年…池上新太は、人生という不確かな道に迷った迷子だ。
一年ほど前の初夏の夕暮れに、独りきりで路頭に迷っていたところをマンションに連れ帰ったのが二人の始まりだった。

「私達、あれから…少しは笑えるようになったよね?」

湊は、新太に出逢った日を思いだして小さく笑んだ。


出逢ったあの日は、湊が仕事から帰宅する夜の始め頃の事だった。
買いそびれた雑誌を買おう、そう思い車を止めて立ち寄ったコンビニの前、独り座って空っぽの瞳で夜の色に移り行く空を見上げていた新太は、ふと湊を見て、

「なんだかキミ、創り人の匂いがするね?」

そう呟いて、とても笑顔とは呼べない憔悴が滲む笑みを向けた。
突然の問いかけに、湊は少々訝しげな顔を向けたが、同時に彼は何者だろうか…? と興味も湧いて新太を数秒眺めた。

黒いTシャツ。くたびれて膝が擦りきれたジーパンに黒いスニーカー。
夏がとても似合いそうにない、長い期間日を浴びていないだろう細い体に青白い肌。
伸ばしっぱなしであろう、やや切れ長な目や耳が隠れ気味の少し長めの黒髪。
よく言えばミステリアス。
しかし現実的な視線で見て言えば、社会に馴染めなさそうな暗さが滲んでいて、ちょっと危なげな空気を感じなくもない。

(…この人、放っといたらのたれ死ぬかもしれない)
湊はそう思い、苦味の混じる笑みを見せながら、

「創り人はもうやめたけど、昔は確かに…ね。そうだった頃もあったわ…」

もしかして貴方もそうなの? 
そんな質問をなげかけるような瞳を新太に向けた。

「…やっぱりそうなんだ。実はね僕、ついさっき創り人をやめた人」

僕ら、きっとどこか仲間だね。
新太はぎこちない笑みを浮かべながらそう言いたげな瞳を湊に返した後に、座ったままフラりと倒れそうになった。

「ちょっ、大丈夫!?」

湊は慌てて新太に駆け寄り、体を支えて様子を伺うと、

「もうダメだ。お腹空いたし眠くて死にそう…」

「ちょっ…! うそっ!」

新太は、そう呟いて湊に抱きつく形で、意識を失うように眠ってしまった。

名前も素性もなにもわからない男だが、湊はなんとなく放っておけない気持ちになり、なんとか車に乗せて、新太をマンションに連れて帰る事にした。


湊は三十半を過ぎた独り身だった。
三年前までは、職場結婚で獲た大切な夫がいて、誰もが羨む程の幸せな生活に身を置いていた。
寿退社を機に、夫の望みに応えるべく専業主婦になり、主婦業の合間に中学時代から密かに望む夢を叶える為にと、ノートパソコンで小説を書く日々を過ごしていた。

読書が好きな夫は湊が書く小説を楽しみに読み、夢が叶うようにといつでもエールを送ってくれていた。

しかし、幸は突然に不幸へと変貌したのだ。

夫は仕事の営業の出先で交通事故に巻き込まれ、還らぬ人となって、湊は突然独りになってしまった。

夫が遺してくれた新築のマンション。そして、生活に困る事のない多額の保険金。

暫くは消失感で動けなかった湊だが、少し、また少しと時間が過ぎる中でなんとか気持ちを持ち直し、町の中小企業で事務社員をしながら独り暮らしを続けていた。



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