18章-2
「……美冬ちゃんは高校、行きたくないの?」
ぽつりと零されたその質問に、美冬の肩がびくりと震える。
「………」
「朝までバイトしてでも通い続けていた高校だろう? 国立大の進学率だっていいとこだし、高校受験かなり頑張ったんじゃないの?」
高柳のその言葉に、昔の思い出がぶわりと甦(よみがえ)る。
中学時代主席をキープしていた美冬だったが、それでも今の県立高校に進学するには必死に勉強していたし、合格した時は亡き両親もとても喜んでくれていた。
『私、絶対お父さんと同じ大学に行くの! それでね、お父さんと同じ――になるんだ!』
そう夢を語った時の父親の泣きそうな笑顔。
「………」
「美冬ちゃん……?」
黙り込んでしまった美冬に、高柳が心配そうに声をかける。
現実に引き戻された美冬の視界に、鏡哉の寝室が目に入る。
(鏡哉さん――)
ぐっと喉が詰まる。
(失いたくない……せっかく手に入れたの、鏡哉さんとの生活――)
美冬は気が付くとふるふると首を振っていた。
長い黒髪がそれと同じく左右に揺れる。
「い……行きたく、ない……高校なんて、どうでもいい――」
恐ろしかった。
目の前のこの人は、自分から鏡哉を取り上げようとしているように見えた。
美冬はソファーに手を付き、座ったまま後ずさる。
「高校なんて……行きたく――」
そう言い募る美冬の体を、温かいものが包む。
(え――?)
気が付くと、美冬は高柳に抱えあげられていた。
膝の裏に腕を入れられ持ち上げられ、視線が高柳のそれと一緒になる。
「た、高柳さん!?」
高柳の表情は怒っていた。
「お、おろして――」
降ろして下さいと言いかけた美冬を高柳が遮る。
「嘘を付く子は許しません。さあ、行くよ」
高柳はそう言うと、美冬を抱えたまま玄関へと向かって歩き出す。
「え!? ど、どこへ?」
あまりに突然の高柳の行動に、美冬は慌てて腕を突っ張って抵抗するがぐらりと上半身が傾き落ちそうになる。
「ああ、もう。危ないでしょ、暴れちゃ」
呆れた様子でそう言った高柳は、しょうがなく美冬を床に下した。
しかし美冬の右腕は高柳によって拘束されている。
「高校へ行くにきまってるでしょ? 美冬ちゃん本人が『やっぱり辞めたくない』って言えば戻れるはずだよ。学校側も休学扱いにしているらしいし」
「………っ」
高柳に強引に手を引かれ玄関へと辿り着く。
がちゃり。
扉が開かれ、その隙間からシックに照明の落とされた廊下がのぞく。
ぞくりと背筋に寒気が襲った。
(いっちゃ、駄目――
私は鏡哉さんとここにいたいの――!!)
美冬は渾身の力を込め、高柳の腕を振り切った。
「え……?」
あっけにとられた様子の高柳を両手で扉の外へ突き飛ばすと、勢いよく扉を閉めた。
自分でも不思議なくらい強い力が出た。
「美冬ちゃんっ!?」
扉が外からどんどんと叩かれる。
「帰って! 帰ってください!!」
美冬は声を張り上げてそう叫ぶ。
その迫力に圧倒されたのか、扉が叩かれる音が途絶える。
数十秒後、聞こえてきた高柳の声は低く落ち着いていた。
「……美冬ちゃん、駄目だよこのままじゃ。ちゃんと自分の心と向き合って――」
「………」
「夕方、また来るから」
その言葉を最後に、扉の向こうは静まり返った。
美冬は扉に手を添えながら、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。