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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-13

 早智がお茶を持ってきた。事務所で来客があった時にも使っている、受け皿に乗せられ蓋もついたものだ。だから重いからお義姉ちゃん、と心の中で焦りを見せていると、
「お父さんいつ戻ってくるかわからんから」
 と襖のところへ戻り、廊下に置いていた物をこちらに持ってきた。「悦ちゃんのアルバムでも見といて」
「ちょっ、……何持ってきてんの!」
 悦子が慌ててアルバムをひったくろうとしたら、玄関のドアが開く音が聞こえた。もう帰ってきたのか、とドキリとしたが、廊下に上がった足音が軽い。やがて開いた襖の向こうにスポーツバッグを背負った泥だらけのユニフォーム姿の俊久が現れた。
「あれ」
 以前は無邪気に悦子に擦り寄ってきていたが、もう小学校高学年、久々に現れた親戚に礼とも頷きとも分からないように頭を少し下げた。誰かが転属してきたときの初回の挨拶そっくりだ。
「俊くん、久しぶりー」
 悦子がアルバムを自分の背に隠しながら意図的に明るい声で言うと、こういった挨拶が恥ずかしい年頃特有の軋むような笑みを浮かべる。
「ほら、俊久ぁ。ちゃんと挨拶しいて」
 母親の顔になった早智に叱られて漸く、こんにちは、と正式に頭を下げた。その挨拶に、こ、こんにちは、と霞れた声で返す叔母の隣の挙動不審の男に訝しげな表情を向けている。
「さっき話してた、兄ちゃんの子供の俊久。お兄ちゃんのほうね」
 と悦子は芝居がかって大きめの声になりながら俊久の方を振り返り、「野球、頑張ってるんだねー」
「はい」
 はい、だなんて、ちょっと大人っぽくなったじゃん、カッコ良くなっちゃって、好きな女の子とかいるの?、と迷惑な親戚となってからかってやろうとした悦子を置いて、
「泥だらけなので風呂に行きます」
 きな臭い空気を察知したのかプイと廊下を行ってしまった。ちょっと待ってよぉ、と場を和ませる助け舟が無情にも立ち去ってがっかりした悦子に、
「照れとんじゃ、ませよって」
 早智も笑いながら一礼して襖を閉めて出て行ってしまう。出るなり、その辺に脱ぎっぱなしにせんでよー、と大声を張り上げていた。
「……」
 再び静寂が戻った室内で、悦子は何度か平松を見ていたが、やはり緊張に強張っていたから、「……み、見る?」
 背に隠していたアルバムを座卓の上にすべらせた。
「いいの?」
「……笑ったら怒る」
 平松がアルバムを開くと、いきなりどこかの山を背景におにぎりを片手にレンズに向かってピースサインをしている悦子があった。何冊かあるはずのアルバムなのに、もっと赤ちゃんとか小さい頃の冊を持ってくれば微笑ましいで済んだものの、よりによって中学生あたりの最も恥ずかしい時期のものを持ってきた早智を恨んだ。
「これ、いつくらい?」
「……中学生くらいかな」
 平松がページをめくっていく。リレーバトンを片手に全速力している姿。後輩の女の子たちの声援がキャーキャーと走る悦子を追いかけていたものだ。仲のよかった女の子たちと身をくっつけあってはしゃいで写っている姿。どの子も結婚したと噂で聞いたが皆何してるんだろう。写真を見ていくうち、悦子自身も懐かしい記憶が蘇ってくる。卒業式の写真。泣いたらしい真っ赤な目で学校の前で写っている。でもピースサインだ。何だか馬鹿っぽいな、と隣の平松を見ると、写真一枚一枚を見る横顔の口元に笑みが湛えられているように見えた。
 高校生になった。短いスカートにルーズソックス。さすがに恥しくなって、早よページめくらんかいとやきもきしているが、悦子が女子高生バージョンになってからはページをめくる手が明らかに遅くなった。女子高生好きなの? 今更着ないよ? ……いやでも、そんな危ないオジサンになるくらいなら……、しかし今この歳で制服はなぁ。
「部活、何部だったの?」
「えっ」
 あらぬ想像をしていた悦子へ、ページをめくった平松が声をかけた。おりしもその時の写真になる。
「これ?」
「うん、それ」
 チアリーディング部でキャプテンだった。競技場の芝生の上、センターポジションで両手を伸ばして足を上げている。この歳には周囲の子よりも背が高くて美脚、スタイルも群を抜いていたし、キャプテンとして皆に頼りにされまくっていた。最後の大会が終わった時には、後輩や同級生に抱きつかれもみくちゃにされながら大泣きした。青春だ。
 平松がチア姿をじっと眺めている。この時の脚はもっとピチピチしてたんだろうな、とか思ってるんじゃあるまいな? その短いのも衣装だから仕方ないんだよ? アンダースコートは見せてもいいやつですからね。
「……すごくカッコいいね」
 平松が顔を上げて微笑んだ。笑みを向けられると恥ずかしくなる。いや、今もう一回見たいってなら着てあげてもいいけどさ。チアのユニフォームどこに仕舞ってたっけ。家族に内緒でどうやって持って帰ろう。とにもかくにも、まず入るのか?
「ま、まぁ、……そんなに、興味あるなら……」
「え?」
 悦子が言おうとしたところで、再び廊下が騒がしくなった。ダダダと駆け抜ける足音が聞こえたかと思ったら、奥のほうで早智と何やら会話する声が聞こえ、ダダダと駆け戻ってくる。


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