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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-11

「しかしなぁ。悦子ん彼氏に会わされたら親父がどんな顔するんか見ものだな」
 運転席で兄が笑いながら言った。
「怒るかね?」
「怒るかの?」
 早智は前を向き直って、軽バンが進む先を一緒に眺めながら言った。や、だから重くしないでって言ったのに! 前部座席の会話を聞いて平松の顔が更に強張る。
 程なくして軽バンは住宅街の中にある悦子の実家の前についた。権藤工務店の看板を掲げた事務所の隣に悦子が家を出てから建て直した実家が建っている。大工の家を恥ずかしい物にはできないと息巻いた父親が、同居する兄嫁夫婦のため、というより、特に孫二人に部屋を与えるためというのが第一の理由かとかんぐりたくなるほど立派な造りで建てた。その証拠に悦子の部屋はもう無い。軽バンが家の前に止まり、悦子が先に降りると、家の前の様子に気がついたらしくカラカラと事務所のガラス戸が開き人が出てくる。
「お母ちゃんっ。何その髪!」
「ああ、お帰り」
 ただいまの代わりに開口一番、母親の髪が濃紫に染められているのを見て声を上げる悦子に平然と出迎えの挨拶をした母親は、「ああこれ? カッコいいだら? 目立つしなぁ」
 昔から商売をしている家の妻らしく社交的で華やかな母親に派手な紫の髪は年齢とうまくマッチして似合っていた。数年前から白髪が増えたことが老いを象徴しているようで気に入らないと言っていたから見切りをつけたのだろう。女性には珍しく町内の自治会長を務めているから、目立つ点も計算に入れているのかもしれない。
「それより、紹介せ」
 母親は悦子の背後を顎で指し示したから、いつの間にか車を降りて悦子の後ろで待っている平松に気づいた。早智を降ろした軽バンが車庫に入れるために立ち去る。早智が興味津々の目で見守る中、悦子は身を脇に除けて平松を母親の前に差し出すと、
「えっと……。その、彼氏」
 と紹介した。平松はいつも赤い頬をさらに紅潮させながら、
「こ、こんにちは、ひ、平松翔太です」
 と直立のまま言った。またそれか。緊張丸出しの平松を、母親は金縁のメガネの向こうから値踏みするように眺めている。
「……物好きら?」
 母親が呟くと、悦子は、いかん、と思った。父母ともに気を遣って婉曲に何かを伝えるということを昔からできない。思ったことを真っ直ぐに口に出してしまう。平松の容姿を見た母親に対して、いやお母ちゃん、これはこれですごくいいところがあるんですよ、ということをどうやって伝えようと考えを巡らせていると、母親が続けて呟いた。
「いったい悦子なんかの、どこがいいんだ?」
 は? そっち?
「いえ、その、と、とても真面目にお付き合い、させていただいています」
 平松もわけのわからない返事をして、早智がぶっとふきだした。娘の彼氏をいきなり物好き扱いした母親へやめろと叫びたい衝動に駆られていると、足元から小さな鈴音がした。真っ白な猫がやってきて母親の体にぴょんとつかまるように飛びつく。母親は悦子たちに目を向けたままよじ登ってくる白猫を肩に背負うように抱いている。
「……なに? その子」
 白猫は、ナーンと哭いて母親にくっついている。
「ああ、一年くらい前に近所に捨てられてたんだ。こんな可愛い子捨てるバカがいるもんだねぇ」
「へぇ……」
 悦子が母親の首元につかまって尾を巻くように振っている猫の背中に手をのばそうとすると、たちまち毛が逆立ってフーッと嫌悪を示された。
「女の子?」
「この子の反応見たらわかんだら?」
 昔から悦子は動物に好かれない。犬にしても猫にしても、特に雌からは大変嫌われる。「でもまあ、この子はあまり人に馴れないけどね」
 と言うや否や、白猫は頭を左右に振り向けたあと、母親の体からぴょんと飛び出した。向かった先は平松でスーツをよじ登り、受け止めた平松が背と腰を支えるとベッタリと平松の体にしがみついて甘えた哭き声を上げた。
「あらぁ、珍しいな」
 母親がそれを見て目を丸くしている。
「……可愛いですね。なんて名前ですか?」
「ああ、カンナっていうの」
 なるほど鉋から取ったんだな、と悦子が見ているそばで、平松が頻りに愛想を振りまいているカンナの背を撫でながら顔を見合わせると、カンナはまた甘え哭きを出す。
「動物好きなの?」
「うん。……なんでか知らないけど、昔から動物にすごく好かれる」
「へぇ……」
 なにベタベタしてるんですか? この人は私の彼氏ですよ、とカンナを引き剥がしたいが、過去の経験上、手を出すと間違いなく怪我をしてしまう。手が出せない悦子をいいことに、カンナは平松にすりつきながら心地よさげに目を細めてゴキゲンな表情を浮かべていた。いつも部屋で平松に抱きついているとき、自分もこんな表情をしているのかなと複雑な気持ちだ。


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