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僕の愛したスパイ
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僕の愛したスパイ-1

1.
 湯のみ茶碗に砂を入れ、机に置いた。
 買ってきたばかりの蘭月の封を切って、2本取り出す。
 火を点けようとして、マッチもライターもないのに気が付いた。
 キッチンに行き、ガスコンロを点火した。

「真無阿弥陀仏かな?」
「南無妙法蓮華経か?それともアーメン」

「靖子、それに俺の最初の子供・・・縁がなかったな。勘弁してくれ」
 吾郎の目の奥に、寂しげな靖子の顔が浮かぶ。名もない子供は、この世に生を受けることなく、母と一緒にあの世に行ってしまった。
「勘弁してくれ」

 机の上の線香から、ゆらゆらと2本の煙りが、天井に流れる。

========
 内閣情報室、対外情報調査官の小石川吾郎は、北からの諜報員、中田靖子ことイム・ミヒョンにアテンドするよう指令を受けた。

 吾郎は、城北大学法学部を出て、公務員試験に合格、警察庁に入庁した。現在は、警部の資格で、内閣情報室に出向している。ご近所さんへの顔は、首相官邸に勤める、手堅い中堅公務員である。
 
 表面上は、旅行代理店「アシアナ旅行社」に勤務のイム・ミヒョン、日本名 中田靖子は、北の情報機関のエージェントである。日本人の協力者を求めて、婚活で相手を探しているという。

 吾郎の役目は、靖子の参加をする婚活パーティに参加をして、靖子と関係を持ち、靖子に協力する振りをして、逆に北の情報を得ることであった。


 指示を受けた婚活会場は、日比谷のお堀端を望むホテルの宴会場だった。

 胸に職業と名前を書いた札を胸につけた参加者、30台から70台まで、幅広い年齢層の男女が、よそ行きの落ち着かない顔で、グラスを手にして、立っている。

 アペリチーフを飲みながら、気分を落ち着け、これはと思う相手に目星をつけ、テーブルに誘う趣向である。

 吾郎は、中田靖子をそれとなく探しながら、会場を回った。
 国家公務員、小石川吾郎の名札を見た女性は、一瞬足を止め、吾郎の顔を見て、どうしようかという顔をする。時節柄、生活安定型の公務員は人気があるようだ。

 「あのう」
 その女の胸に、「旅行会社、中田 靖子」の名札が着いていた。
「はい、こんにちわ、小石川といいます」
「よろしければ、少しお話をよろしいですか?」

「ええ、結構ですよ」
(鴨が、向こうからやって来た。国家公務員のタイトルが効いたんだろう。こちらから誘うより、先方から近づいて貰った方が自然でいい)



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