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居候
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居候-6

(5)


 石渡は翌日から学校へ行った。村瀬は部屋でごろごろして過ごした。熱も下がり、ほとんど体に支障はなかったがまだ足元が不安定な感じだった。他人の部屋で落ち着かないはずなのに、妙な安息を感じていたのは石渡のやさしさ身にしみて感じたからかもしれない。夕方になると買物に出て、食事を作った。

 石渡は村瀬の料理を食べ、店で食べるのより美味いとほめた。
「帰ってきてすぐ飯が食えるってのはいいもんだな」
そう言ってお代りをして喜んだ。
 実をいうと村瀬は料理が苦手だった。細かいことが面倒で、一人の時はたいてい外食か即席物で済ませていた。それが、石渡のためにと思うと苦にならず、それどころか美味しいといわれると意欲さえ湧いてくるのだった。

 次の日も村瀬は石渡を見送った。朝出かける時、
「具合はどうだ?」
訊かれて、
「うん……だいぶよくなった……」
村瀬ははっきりしない答え方をした。
「今夜は何が食べたい?」
歩きかけていた石渡は顔を向けずに、
「何でもいいさ」
その後ろ姿に微妙な強張りが感じられた。
 自分が迷惑がられているのではないか……。不安がよぎったが、石渡は帰ってくると村瀬の料理に舌鼓を打った。
 そのまま数日が過ぎた。


 銭湯の帰りに二人はよく喫茶店に立ち寄った。石渡はコーヒーが好きで、何軒もの専門店を知っていた。ほっとしたい時、何も考えずに過ごしたい時間にコーヒーが合うのだと言う。
「時間がゆっくり流れているように感じるんだ」
 思うに、石渡は実にうまそうに、しかも格好よくコーヒーを飲んだ。見方を変えれば気障な仕草なのだが、村瀬には洗練された身のこなしに見えてしまう。煙草をくゆらせながら、ポーズをとるようにカップを持つ手を一度止めてから口へ運ぶのが癖だった。

 店内は狭かったが客は少なく、静かなクラシックが流れていた。
石渡が少し顔を寄せてきた。
「ああいう女が……」
目で示した。
「男を誘うタイプだぜ。若い男をさがしてる」
窓際の席に一人でいる女のことである。若くはない。女は本を手にして時折目を落としていたが、身を入れて読んでいるようには見えなかった。
「誘うって、どうやって?」
女の方から堂々と声をかけてくるのだという。
「お金あるから遊ばないかって言ってくるんだ」
石渡は何度も経験があると言った。

「よく言えるものだな」
「まったくさ。男でもなかなかできないのに、しかも店の中でだからな」
「それで、行くのか?」
「付いてか?行かないよ。さすがに気味が悪いからな」
「そうだよな……」
頷きながら女の方に目を移すと、こちらを意識したのか横目で視線を走らせてから顔をそむけた。

 平静を装っていたが村瀬の内心は揺れていた。自分から何もしないのに女から何度も誘われていることに驚いていた。
(それを、断っている……)
自分だったらどうするだろう。女だ……女……。
(そんなチャンスがあったら……)

 石渡への劣等意識はすでに村瀬自身認めていたが、それは二人で生活をすればするほど肥大化して、時に威圧さえ感じることもあった。それによって卑屈な想いに陥ることもある。
(ああ、それなのに……)
相反して、言い知れぬ安穏の世界が存在している気がしてならない。……
(石渡のそばにいるとほっとする……)


 かなりの時間、二人はそこにいた。コーヒーがなくなっても煙草を吸い続けていた。
息苦しかった。石渡が何かを言い出そうとしている空気がひしひしと刺すように伝わってきていた。
 石渡がサングラスをかけ、居ずまいを正して咳ばらいをした。村瀬は何かをかき消すように忙しなく煙草を吸って煙を吐いた。

「明日は、どうする?」
石渡の低い声が鈍く響いた。
心持ち上目で石渡を見た。視線がどこにあるのかわからない。
「うん……」
「授業、出ないのか?」
「うん……どうも……」
「どうして?」
石渡はへらへら笑ったが、空々しかった。
「そのうち出るつもりだけど、何だか気が乗らなくて……」
「気が乗らないっていっても、授業だからな」
「わかってるけど……もう少ししたら出るよ」
「俺はどうでもいいけど、試験の時、焦るんじゃないかと思って……」
石渡はしばらく口元だけで笑っていたが、そのうち無表情になった。
 出ようか、と石渡が言うまで村瀬は動くことが出来なかった。


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