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居候
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居候-4

(3)


 石渡と別れてから無闇に落ち着かない自分を持て余していた。
彼との付き合いは一見、どうということのない至極平凡なもののように思われたが、村瀬は短期間のうちに、追求し過ぎた星のように妖しくきらめく乱脈な示唆を投げつけられて戸惑っていた。ところが示唆と感じていながら、ひとつひとつ拾い上げてみると皆目見当のつかない模糊とした事か、ひどく馬鹿げた思い込みばかりであった。

 たとえば、村瀬には気になることがあって迷っていた。その迷いを解消するには浅はかな好奇心に目をつぶらなければならなかった。
 彼は自分の行動を想像してその姿を憐れんだが、どうにも自制が利かなかった。帰省のための荷物をバッグに部屋を出る足取りも重かった。

 烈しい日差しがあらゆるものに反射して鋭角的な景観に感じられた。
伏せ目になっていたのは自身の心の重さだったろうか。何度かこのまま帰郷しようかと考えて足が鈍って憂鬱がおそった。
(行くだけだ……)
無理やり絞り出すように呟いた。
 体がだるいのは暑さのせいもあっただろうが、それだけではなかった。
(行ってどうする……)
歩きながら自嘲的に反問する。そのくせポカンと気が抜けた気持ちになったりもした。
 何かに引きずられるような感覚を意識しながら電車を乗り継いでいった。


 旅行社の支店の前に立った時、さすがにさもしい行動が自身に問われた。周囲を見回すと石渡に似た男がいて身がすくんだ。

 素通しの自動ドアが開きかけた時、村瀬はすでに一人の女に目を奪われていた。
(この娘だ)
石渡の言っていた女に間違いないと思った。なぜなら、本当にあの『女優』に似ていたから。そしてむしろ女優より若く、知的で美しいと思った。

 村瀬はしばらくの間、我を忘れて見とれていた。
(きれいだ……)
美しさの基準は人それぞれだろうが、その娘を美人と思わないことはあり得ないほど完璧な容姿だった。目鼻立ち、微笑み、肌の白さ。
(こんな娘がいるんだ……)
村瀬は衝撃すら感じて立ち尽くしていた。

 そのうち、ある疑念が起こってきた。
(石渡は俺をからかったのではないか?……こいつならきっと女を見に行くんじゃないかと。欲求不満のようだから……きっと行くぞ……)
 そうでなければ、こんなきれいな女に興味がないなんて信じられない。もし一緒に歩いていたら誰だって振り向くに決まっている。……
 
 そんな不審を抱き始めると自分の愚行がすべて誰かに観察されている不安が募ってきて彼はうろたえた。

 村瀬は石渡が相手にしていないという女を見てみたかった。
(どれほどのレベルだろう)
女優に似ているといってもたいていそれほどのことはないものだ。単純で低俗な興味であった。だが、いま女の予想外の美しさに愕然としながら、石渡に対して油断のならない警戒心を感じ始めていた。まるである陰謀に村瀬を陥れようとしているかのような……。
 女は石渡と共謀していて、あとで笑いをこらえながら言うのだ。
『やっぱりきたわよ、あの男』
『言った通りだろう。すけべ面してただろう?』

 村瀬はそれとなく女に視線を注ぎ続けた。女は客との応対に没頭している。
(そんな馬鹿げた策略はあり得ない……)
邪推にしても飛躍しすぎている。……
 しかしどうにも吹っ切れない後味に溜息が出る。
『迷惑な話さ』
彼が平然と言ったことが事実だとしたら……。そう考えた時、石渡という男に計り知れない羨望と畏怖がわき上がってきて村瀬は悄然とした。
 目の前で笑顔を振りまいている美しい女が石渡に好意を抱いていて、彼はそれをいとも簡単に無視している。信じられない話だが、石渡ならばやれそうに思えてくる。
(素敵な女の娘なのに……)
呟くと心が寂しくなった。

 気の抜けた思いでやっと立ち上がって外へ出た。駅へ向かったものの目的はない。
 駅の構内は熱気が澱んでいた。彼は意味もなく時刻表を見上げては方々を歩き回った。どこかのホームに列車が入線し、またどこからか発車するベルの音が聴こえてきた。彼にとっては息苦しいほどの夏の活気が満ちていた。


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