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最中の月はいつ出やる
【歴史物 官能小説】

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第五章-3

「ねえ、ぬしさまぁ……お願いがありいすの」

閨で貞元と肌を合わせながら、月汐は甘い声で囁く。手は絵師の魔羅を優しくさすっている。

「わっちの絵姿に、ちいっとばかし文字を入れたいんでござりいす」

「文字? ……何を書き入れるってんだい?」

「それは、あとで教えるざんす。……今はただ、首を縦に振ってくれりゃあいいのさ」

横臥の状態で、月汐は巧みに怒張を秘壺へと誘う。

「おっ? この格好は初めてだな、おい」

片脚を水平に伸ばし、もう片方の脚を高く上げ、帆掛け船のような姿で月汐は男根を受け入れている。

「さあ、船頭さん、ぐっと漕いでおくれ」

花魁の粋な台詞(せりふ)で貞元は興に入り、腰を盛んに振る。

「……ああーーー、やっぱり貞の旦那の肉竿はいいねえ。硬いんでグリグリくる。……まったく、女泣かせだよ」

「今夜はずいぶん褒めちぎるじゃねえか。……何だか裏があるようで怖えなあ」

「……裏ならあるよ」

「え?」

「貞さん、わっちの裏門を攻めたことはなかったざんしょ?」

「……おいおい、裏門を饗してくれるのかえ。こいつぁ豪儀だの。月汐花魁の尻(けつ)を掘ることが出来るやつぁ何人もいねえだろうに」

「今宵、ぬしさんには別して尽くさせていただきいす。さあ、裏門へ回る前に、表門でまずは一発、祝いの烽火(のろし)を上げなんし」

貞元は勇んで腰を振り立て、盛大に白濁を放ってから、張りを保ったまま、返す刀で裏門へと忍び入った。

 この夜、貞元は絞まりのいい裏門でさらに二発も放出し、すっかり満足して、あとは泥のように眠ってしまった。


 それから二日後、常に倍する早さで絵姿を仕上げた貞元は、それを月汐のもとへと届けた。

「おや、いい仕上がりでござんすねえ。本物のわっちよりも淑やかで、ほんのりとした色香がありいす。気に入りやした。文字を書き入れる余白も、これくらいあれば十分でありいす」

上機嫌の月汐は、さっそくその場で筆を執り、絵姿にさらさらと書き込んでいった。
 そして、仕上がったものを貞元が読んでみると、そこには細かい字で、歯弱の者のためにと最中の月が考え出された経緯、竹村伊勢の元番頭、金造が最中の月の製法を記したものを手にきのえ堂へ鞍替えした顛末などが書かれてあった。絵姿にある月汐が幾分憂いを含んだ瞳でこちらを見つめているように描かれているため、言葉は切々と語りかけてくる効果があった。

 その、文字入り絵姿は吉原大門向かって左にある版元、蔦屋へと回され、版木に彫られて浮世絵となり、遊郭内はおろか江戸府内に広まった。

「あの絵姿の花魁が語る事が本当だとすりゃあ、元祖と名乗ってるきのえ堂のほうこそ二番煎じじゃあねえのか?」「本当だとすればな」「あの言葉には妙に真実味があるぜ」と男どもが語り合う。
「嘘で固めた女郎の鬢(びん)と言うけれど、あたしゃどうもあの言葉、嘘だと思えないんだよ」「番所(江戸奉行所)のお役人は何してんだい。煎餅の製法を記したものの手跡(筆跡)を調べりゃあ、誰が書いたか分かるだろうに」と女たちも井戸端で口角沫(あわ)を飛ばす。

 さらに、月汐の傍輩の翡翠も貞元に絵姿を依頼し、毘沙門天に扮した翡翠が邪鬼を踏みつけている凝った浮世絵を刷らせた。その邪鬼の首には「きのえ」と書かれた札が掛かっていたから大衆はやんやの喝采。
 それに対抗してきのえ堂でも、大きな観音菩薩が竹林を踏み分けて歩く錦絵を刷らせて流布せしめたので痛烈な竹村伊勢への当て付けとなった。
 こうなると、今度は吉原遊郭の名だたる花魁たちが黙っていなかった。海老屋、扇屋、玉屋、丁子屋、松葉屋、五明楼などの傾城たちが「浅草なんぞに負けていられねえす」と知己の絵師に筆を執ってもらった。
 見目麗しい花魁が最中の月を手にして微笑む絵姿やら、竹村の白い煎餅を櫛代わりに髪に挿し肌を少し見せて科(しな)をつくる危絵(あぶなえ)が大量に刷られて各地の絵草紙屋の店頭に並んだ。(江戸時代の美人画は、昭和のブロマイドやヌードポスター以上の人気があったため、その影響力たるや物凄い)
 花魁たちの絵姿は飛ぶように売れ、絵に書き込まれた「最中の月」の名は「白軽煎餅」を軽く凌駕し、人口に膾炙した。
 「月汐の言いぶん」を支持した大衆の突き上げに、奉行所もついには重い腰を上げ、きのえ堂へと踏み込んだ。そして、煎餅製法の書かれたものを持ち帰って吟味。清右衛門が呼び出されて手跡を鑑定。その結果、製法の書き手は竹村伊勢の主に相違なし、と公儀の太鼓判が押された。

 ここに、晴れて「白い煎餅といえば竹村伊勢の最中の月」が世間の通例となり、巻煎餅と並んで吉原名物の菓子となった。
 清右衛門から製法の書き物を盗んだ金造は手鎖(てぐさり)五十日の刑となるところだったが、竹村の主の取りなしで二十日の押込(自宅謹慎)にとどまった。

「清右衛門さん、あんた人が良すぎるよ。なんだって金造の野郎の刑を軽くしてやったんだい!」

翡翠がまた、竹村の店にねじ込んだが、清右衛門から到来物の京の干菓子を手渡されて、大人しく戻ってきた。


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