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最中の月はいつ出やる
【歴史物 官能小説】

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第四章-3

 それから五日ほどして、清右衛門が白玉粉でこしらえてみたという煎餅を持って久喜万字屋の暖簾を潜った。
 台所の隅で、大きめの盆の上に白くて丸い煎餅が十枚ほど並べられた。月汐をはじめ、九重、初音、ゆきみ、はなみが四つんばいになって盆を覗きこんでいる。料理番の悟助も女たちの尻の向こうから首を伸ばしていた。さらに月汐の傍輩の翡翠も何事かと駆けつける。

「清右衛門どの、これが試し焼きの品でござりいすか。食べてみても?……」

竹村伊勢の主がうなずくのを見て月汐が一枚、ひょいとつまみ上げる。サクッと音がして白い煎餅に鉄漿(おはぐろ)の歯が食い込む。続いて、煎餅が口の中で砕かれる軽快な音がした。
 九重が「どうです?」という感じで月汐の顔を覗き込む。

「味があまりしないでありんす」

顔を曇らせる月汐の言葉を受け、清右衛門は短い首に手を当てた。

「白玉粉に砂糖を混ぜて溶いたものを蒸し上げてから薄く伸ばし焼いてみました。ですが、やはり味がいまいちだったようですな。……しかし、砂糖を多くすると、硬めに焼けてしまうのです」

「味はともかく、歯触りは確かにようござんすなあ」

「軽い感じに焼けているでしょう」

「ええ。これならば、歯弱の者でも食べることができんす」

二人のやりとりを黙って見ていた九重だったが、皆を代表して声を発した。

「あの……、わっちらも食べてみてようござんすか?」

「ああ、どうぞどうぞ」

清右衛門の許しが出るや否や、何本もの手が伸びて、盆の上の煎餅がほとんど無くなった。各々の口からポリポリと噛む音がして、やがて、「面白い歯ごたえ」「わっち、これ好き」「味うすーい」「ちょっと歯にくっつく」様々な声が上がった。

「でもやっぱり……」月汐が言う。「もっと甘くないと菓子とは呼べないざんす」

「その工夫は色々と考えているのですが、これがなかなか……」

苦笑いする清右衛門に、翡翠がいささかきつい言葉を投げかけた。

「竹村では何人も職人を抱えてるんでござりんしょう? 誰ぞ知恵者が居てもよさそうに思いんすがねえ。……金造とかいう番頭は、まあ、金勘定だけに長けていて菓子の相談にはふさわしくないでありんしょうが……」

清右衛門の苦笑いの「苦み」が、ひと匙ばかり濃くなる。月汐が傍輩に『あんた言い過ぎだよ』と目で合図し、翡翠はちょいと首をすくめた。すると、料理番の悟助が遠慮がちに言った。

「あのー……、魚を焼いた時、思いつきで刷毛で味醂を塗ってみたことがありやすが、あれは照りを加えるためにやったもの。……ですが、煎餅に味醂を薄く塗ったら、甘みが加わるんじゃないですかい?」

思いもかけぬ言葉に清右衛門は目を丸くしたが、

「いいよ、それ、悟助どん。さすがはうちの料理番。田にしたもんだよ蛙の小便」

翡翠に大したものだと褒められ、悟助は頭を掻く。

「なるほど。事前に甘みを濃くするのではなく、焼いた後で甘さを……」清右衛門は感心するように深くうなずいた。「味醂を塗るという手がありましたなあ」

「でも、味醂は……」九重が要領よく二枚目の煎餅を取り上げながら言った。「ちょっと酒臭いからねえ」

「九重さんはあんまり酒を飲みいせんからねえ」初音が負けじともう一枚の煎餅をつかみ、それを懐に仕舞いながら言った。「味醂でさえ滅多に飲みいせんもの」

 残り一枚になった白い煎餅へ禿の二人が同時に手を伸ばして喧嘩が始まったが、清右衛門はそれを笑顔で眺めながら、うなずきを繰り返した。

「味醂でなくてもいいのです。砂糖を水に溶いたもの、それを煎餅に塗ればいいでしょう」

竹村伊勢の主は笑顔を深めた。が、ここで月汐が言葉を挟んだ。

「ちょいと待っておくんなんし。砂糖水を塗ったとて、果たして甘さがさほど加わるでござりいしょうか。……もうひと工夫あったほうがよござんしょう」

「もうひと工夫とは?」

顔を突き出す清右衛門に月汐は笑みを含んだ瞳を向けた。

「砂糖水で濡れている煎餅に太白糖をまぶすざんす」

「……ああ、それなら、しっかりと甘くなりますなあ。さすがは月汐花魁。画竜に点睛を記してくれました」

感心しきりの清右衛門は、目の前の、ゆきみとはなみのつかみ合いを気にも止めていなかった。


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