異空間の旅・吸血鬼の国-1
気を取り直したアレスたちは次の目的地へと急いだ。立ち止まり話を続ければあっという間に日が暮れてしまう。この異空間で馬を走らせようものならば、彼らは混乱しまともに走ることが出来ないだろう。よって、翼もない彼らは徒歩でいくしかないのだ。
「次はあの扉ですね」
アレスが加護の灯を掲げた先には漆黒の巨大な扉が重苦しい雰囲気を漂わせ、一行を待ち受けていた。
「そうだ!あれは第四位か五位の王がいるところだな!!」
「なんだよおっさん!!その適当な言い方!」
ブラストの曖昧な物言いにカイが珍しく厳しい言葉を投げつけた。それだけ彼の使者としての心構えが成ってきているということだろうか?
「大魔導師殿がいたら率直に答えられただろうがな、俺はあまりそういうことに詳しくないっ!」
「はぁーっ!?それでもあんた教官かよ!!」
見かねたアレスがカイをなだめながら囁いた。
「カイ、ブラスト教官が知らないわけないだろ?あの方は私たちが直接目でみて感じたことを大事にするようにとわざと知らないふりをしているんだよ」
「あいつに限ってそれはねぇ!!」
断固として認めないカイだったが、徐々に近づいてくる扉を見ながらテトラが言葉を発した。
「それなりに気を付けたほうがいいと思うよ。」
「え?」
「ん?」
アレスとカイは不意打ちをくらったような声を出した。
すると、ガハハと笑ったブラストが腕組みをしてもっともらしく胸をはる。
「第四位か五位の王っていってもな!!お前らより何万倍も強いぞ!!そしてここが”ヴァンパイアの王”が統べる吸血鬼の国だ!!」
「って!なんであんたが威張ってるんだ!!」
カイはブラストへ鋭い突っ込みを入れたが、ブラストはふふんと鼻で笑っている。
「精霊は"惑わす"が、ここでは"喰われる"から気を付けろっ!!」
「うげぇ・・・っ!そっか、ヴァンパイアだもんな・・・」
いきなり気落ちしたカイ。まだヴァンパイアという種族に出くわしたことがないため、想像すると恐ろしいものがある。人の血を好み、その種族特融の翼をもつ夜の世界の者たち。そして彼らは人よりも長い命であることは有名な話だった。
「四位か五位というくらいですから、まだ即位して日が浅いということでしょうか?」
アレスの言葉にブラストは首を横に振った。
「吸血鬼の王は在位二百年以上の王だ」
「順位が低かろうが、その力に対抗できる人間はない。王の力に対抗できるのは王の力だけだ。力試しなんて絶対に考えるなよ」
「教官・・・あなたは一体・・・」
徐々に低くなっていくブラストの声に何か危機感のようなものを感じる。一体この男は何を知っているのだろうと、アレスは考えずにはいられなかった。
やがて漆黒の門の目の前にたどり着いた彼らは息を飲んだ。
その風貌はまるで黒塗りの棺のように冷たく、重々しい空気をはらんでいたからだ。
そして、わずかに開いた門の隙間から差し込んできたのは月の光のようで・・・先頭のアレスは大幅に予定を狂わせてしまったと内心焦ったのだった。
拳をきつく握りしめ、吸血鬼の国の門をたたく。
すると、内側から人の気配が近づき・・・
―――ギィィ
重厚感のある巨大な扉が音を立てて開いていった。
カツン・・・
ヒールの音を響かせるようにして現れたのは黒い外套に身を包んだ、妖艶な美しい二人の男女だった。
彼らの鋭い瞳は狼の目のように蒼白く、不気味に光り・・・耳はやはり人間とは違い鋭利にとがっているように見えた。そしてやけに赤い唇がゆっくり開かれると・・・
「・・・獲物が自らやってくるとはな・・・」
「ふぅん・・・その姿は悠久の人間ね」
二人はアレスの全身を舐めまわすように見渡し、チラリと赤い舌を覗かせる。なんとも色気のある動作だが、その気配は殺気にも似たゾクリとする不気味なものだった。
「わ、私は悠久の使者として参ったアレスと申します。我が王より書簡を預かって・・・」
アレスの言葉が終わらぬうちに女のヴァンパイアの手がスッと伸びて、アレスの腕をつかんだ。
「ぼうや、そんなことより私たちと遊ばない?」
グイと引っ張る女の力はとても強く、アレスは一歩門の中へと足を踏み入れてしまう。
「何を・・・っ!!」
彼の小さな体はバランスを失い、前のめりに大きく傾いた・・・
「アレスッ!!」
とっさに後方にいたカイが彼の手を掴もうとしたとき・・・
アレスの手に握られた加護の灯が焼け付くような激しい光を放った―――まばゆい銀色の光に視界を奪われたアレスがきつく目をつぶると、
「ギャァァアアアッッッ!!!」
最後に聞こえたのは女ヴァンパイアの断末魔で、徐々に光がおさまっていくと腕に感じたあの女の手の感触はなくなっていた―――