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逃亡
【その他 官能小説】

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逃亡-12



「まったく、対策本部の連中はいったい何をしてるんだ!」
 張り込み中のカーラジオで現場中継を聞きながら、野上のイライラはピークに達しようとしていた。
「おい、テレビはないのか。」
「あのねえ、野上さん、ここは車の中ですよ。」
 一緒に張り込みをしている警察官が諭すように言った。彼と野上が初めて会ったのは数日前だが、その口調には古くからの友達のような様子が感じられる。警視庁の刑事でありながら、まったく偉そうなところがなく、オモテ・ウラのない野上を地元の警察官たちは、すでに仲間として受け入れているようだ。
「最近は、携帯テレビとかなんとかあるだろう。」
「こんな田舎の警察がそんなもの持ってませんよ。」
 ちょうどその時、交代要員が来た。野上は一人でずっと張り込んでいるのだが、地元警察はローテーションを組んでいるらしい。
 交代したのは学校を出たばかりの年齢の若い警察官だった。
野上に目礼し、車の中に乗り込んでくると、持っていたリュックの中からスナック菓子を取り出す。
「おいおい、いきなり遠足気分か?」
 普段は、むしろ脱線して上司に叱られる野上だったが、イライラのせいで若い警官に軽くやつあたりをする。そのくせ、菓子の袋にはちゃっかり手を伸ばしているから説得力がない。
 嫌味を言われても知らん顔で、若い警官はさらにリュックから銀色の四角い機械を取り出した。
「おい、それは?」
「携帯テレビですよ。僕の私物です。」
 当然のことのように、若い警官が答えた。
「いいぞ、早くつけろ、早く!」
 スイッチを入れると、小さな液晶画面に、まさにサービスエリアに入ろうとする白いセダンが映った。

   *

「こちらは埼玉県の高坂サービスエリアです。突き抜けるような秋晴れのもと、スカッとした青空とは裏腹に、サービスエリアの駐車場は異様な緊張感に包まれておりますっ!」
 FNCの中継車の前で、ひときわ大きな声が響いた。
「FNCニュース速報、ここからは、新山慎吾の中継でお送りします。」
 新山はもともとFNCの局アナだったが、スポーツ中継などを主に担当し、オーバーな表現と絶叫型のアナウンスで人気を集めて数年前にフリーになり、現在は各局のバラエティ番組の司会を数本持っている。
 新山が見ている画面に、サービスエリアに入ろうとする白いセダンが映った。
「ただ今、冷酷非情なテロリスト緋村一輝と、その美しき虜囚早瀬瑞紀警部補を乗せた車が、ゆっくりと、ゆっくりと、サービスエリアに入って来ました。」
「よし、着いたぞ。降りろ。」
 緋村は先にATVのカメラマンを降ろし、彼を盾にしながら自分も後部ドアから降りて、瑞紀に命令した。
 報道陣が駆け寄ってくる前で、瑞紀は下着姿のまま引きずられるように車を降りた。
 緋村は瑞紀の腕をつかんだまま、何台か先に駐車してあるワゴン車に向かって歩いていき、ドアに手をかけた。ドアに鍵はかかっていない。
 緋村は運転席においてあった大き目のカバンを降ろした。どうやら、事前に仲間がここに置いていったもののようである。
「発信器なんかつけてないと言ってたのに、嘘をついたな。嘘つきは泥棒のはじまりだぞ。泥棒を捕まえるお巡りさんが嘘をついちゃあ困るじゃないか。」
 そう言いながら、緋村はカバンから拳銃を取り出して腰に装着し、次に電波探知機を取り出した。カバンの中にはいろいろな物が詰まっているようだ。
「しっかりと調べさせてもらうぞ。さあ、ここに立つんだ。」
 瑞紀は下着姿で駐車場に立った。おしゃれではあるが、上品でいかにも清純そうな白のブラジャーとパンティが、しなやかな肢体を包んでいる。その周りを何台ものテレビカメラが取り囲む。
(これも任務のうちだわ、なんとかこの試練を耐え抜かなきゃ…)
 テレビカメラの前で下着姿を晒す、耐えきれない恥辱に、瑞紀はそれでも必死の思いで耐えていた。
 緋村は電波探知機を瑞紀の身体に近づけて動かした。
「やっぱり、この下着のようなだな。それじゃあ、仕方ない。これも脱いでもらわないとダメだなぁ。」
 緋村の口調はむしろ喜んでいるようだ。
「なんと、テロリストは早瀬警部補に下着を取るように命令したようであります。清楚な妙齢の女性が、屋外で、しかもテレビカメラの前で一枚一枚下着を剥がされるのです。これは、信じられないくらいの羞恥、屈辱でありましょう!」
 新山のオーバーな中継が一段とヒートアップする。その声に気づいて、緋村が視線を向けた。
「おや、『エキサイティング・スポーツ』の新山アナじゃないか?」
「…え、えっ?」
 名指しで声をかけられて、新山は眼鏡の奥の細い目をいっぱいに開いてパチパチさせた。片頬がピクピクとひきつっている。
「ちょうどいい、これから早瀬警部補の身体検査をやるから、君、ここに来て実況中継してくれ?」
「…え、えっ?」
 言葉のマシンガンと言われる新山が、言葉を忘れてしまったかのように返事にならない声をあげ、固まってしまったかのように立ちつくす。その時、彼のイヤホンにディレクターの声が響いた。
「新山、行って中継しろ。」
「はっ?」
「ここまではATVが独占中継していたが、今度はウチにチャンスが回ってきたんだ。これを生かさない手はないだろう。カメラマンも忘れずに連れて行けよ。」
 ディレクターの指示を受けた新山は、「カメラマンも一緒にいいでしょうか?」と、おそるおそる緋村にお伺いを立てる。
「いいとも、しっかり撮影してくれよ。」
 上機嫌で答えると、FNCのカメラマンがセッティングするのを待って、緋村は瑞紀に命令した。


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