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僕をソノ気にさせる
【教師 官能小説】

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僕をソノ気にさせる-23

「そぉ? じゃ、そうするね、優くんっ」
 わざとそういう言い方をしているとは分かっていても、改めて呼ばれると痛いほど鼓動が打つ。「んでねー、答えはねぇ……。カポーティさん」
「え?」
 優くんという呼称への喜びで上の空だったところへ、突然答えを教えられる。
「だから、カポーティさん。ほら、私が優くんと初めて会った時に、優くんが全集読んでた人。『ティファニーで朝食を』の人だよ。この映画の原作者の人がねカポーティさんと幼なじみで……」
 杏奈が解説をしようとしたら、館内が暗くなり始め、杏奈は自ら口の前に指を立てて黙った。
 結局、観客は四人のままで映画が始まった。
 優也は読んだ原作がどのように映像化されているか、または原作と違うストーリーになってるかを見て映画を楽しもうと思っていた。だが始まっても全く集中できなかった。杏奈に『優くん』と呼ばれると、全身が溶けてしまいそうなくらい疼いた。どういうつもりでそんなことを言い始めたのか気になる。普段の杏奈の言動を考えれば、軽い思いつきで言い始めたのだろうと思う。
 すぐ隣に座る杏奈の横顔を眺めたい。家庭教師として採点している時は杏奈は答案に集中するので、その横顔を隠れ見ることができた。だが今見たら、もし杏奈も映画に集中していなかったら気づかれてしまうと思ったから、憧れの人を窺うことはできなかった。
 物思いに耽っていると、突然優也の鼻先に杏奈の香水が強く薫ってきて、肩にトン、と何かがぶつかった。なるべく体を動かさずに顔だけを向けると、杏奈は目を閉じて頭を倒していた。両手を組んでお腹の上に置き、ワンピースの胸がゆっくりと上下している。
 眠ってしまったようだ。
 杏奈の心地よい香りに包まれていると、ディルのモデルがトルーマン・カポーティであることを、自分のためにわざわざ杏奈が調べてくれたのかもしれない、それどころか、この映画を選んでくれたのは、自分のためかもしれないと思えた。
 自分のため? ――きっと杏奈はイジメを受けて学校にいけなくなった自分に対する憐憫でこんなことをしてくれてるのだ。
 もう一度傍らを見た。暗闇の中にスクリーンに照らされて杏奈の顔が青白く浮かんでいた。長い睫毛の影が目元に小刻みに揺れている。目線をスクリーンに戻すには、かなりの気力を要するほど美しかった。
 杏奈は不幸に見舞われているコドモに優しさを施してくれているすぎない。でも自分は、その杏奈を好きになってしまった。「先生が好きだ」と心の中で呟いてみる。不登校児の自分にとって、まだコドモの自分にとって、分不相応の恋だということは分かっている。しかし、今まで読んできた本の中で、そんな理由で自制できた登場人物はいただろうか?
 シートにしなだれるように、杏奈は無防備に眠っていた。投げ出している脚。書店で踏み台に登った際の、無礼に直視してはならない光景が思い出された。また下半身が熱く疼いてきて、杏奈を冒涜しているような気分になる。
 もう一度、心の中で自分の正直な気持ちを呟いてみると、更に痛いくらいにジーンズの前が張った。こんな場所で自分を慰めることなんてできないし、してはいけない。だが、どうにかしなければ狂いそうだった。
 前の座席のサラリーマンの後ろ姿は、二人とも完全に天井を仰いでいた。爆睡している。
 優也は身を杏奈の方へ向けた。まだ杏奈は安らかに眠っている。家庭教師にやってくる時より色彩やかなグロスが、モノクロに見える薄闇の中でコントラストを一際映えさせていた。
 優也は顔を近づけると、震える唇を杏奈の唇に触れさせた。
 すぐに身を元に戻してスクリーンを見る。もちろん頭には入ってこない。映画が終わるまで、ほんの少し触れただけなのに、唇に杏奈の感触がずっと残っていた。
 照明が戻ってくる眩しさに少し呻いて杏奈が目を覚ました。
「ごめーん……。私から誘っといて寝ちゃうなんて」
 映画館を出ると杏奈が気恥ずかしそうに言った。
「いいよ……」
「あれ、怒ってる? 本当にごめんね」
「ううん、怒ってないよ」
 優也は固い表情を杏奈へ向ける。
「じゃ、どうしたの?」
「……どうもしないよ」
 眠っている杏奈に淫らな気持ちになって、了解を得ずキスをしてしまった後ろめたさが優也の言葉数を少なくしていた。「OKを貰ってないのにそんなことをするヤツは人間のクズだ」。智樹の言葉が思い出されて、時が経つほどキスをした喜びよりも大声で杏奈に許しを請いたい衝動の方が強くなっていた。
「そっか……。じゃ、帰るか」
 追い打ちをかけるように、この嬉しい時間の終了が伝えられると、更に優也の憂鬱が深まる。渋谷駅へ向かうあいだ一言も会話は無かった。半蔵門線に乗り込んでも静かに物思いに耽る優也の腕を、杏奈がちょんちょんと突ついた。


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