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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -浴場ニテ欲情ス--1

「秘境の温泉、か…」
とある山奥に温泉が湧き出ていると言う噂を聞いた、旅人一紺と竜胆の二人。
暗緑色の髪を結い上げた竜胆は、『秘境の湯』と書かれた看板を見て呟いた。
「その通りやな」
変わった訛りでもって、手拭を頭に巻いた――別に温泉の準備と言うわけではなく、単にこれが普段の彼の格好である――一紺が頷いた。
獣がわんさと出る、誰も足を踏み入れないような山奥の奥の奥にその温泉はあった。
街で聞いた噂は本当であったが、これでは誰もやって来ない筈だ。
けれども温泉はきちんと男女別浴になっており、それぞれには温泉の効能が書いてある看板が立っていた。
番台らしき姿は見えないが、小さな宿が隣にある。
おそらく、温泉付き宿なのだろう。
そこで二人はまず宿を取ってから、宿主に温泉に入る許可を得た。
快諾してくれた宿主は手拭やら桶やらも貸してくれて、早速二人は秘境の湯に向かおうとしていたのだった。

「客は私達だけか…」
「ま、その方が都合ええわ」
浴場の入り口で、竜胆の呟きに一紺が言って笑った。
頭の上で疑問符を浮かべる竜胆に、一紺は言う。
「え?一緒に入んのやろ?」
「だ、誰がッ」
顔を真っ赤に染めて、竜胆は首を横に振った。
「いっつも裸見とるやないか」
しれっとして言う一紺。竜胆は更に激しく首を振る。
「嫌だ!こんな明るい下で裸なんか見られたくない!」
「…初めては外やったけどなぁ」
残念そうに呟く一紺は、竜胆を置いて先に中に入って行った。
溜息をついて、彼女も女湯の入り口へ入って行ったのだった。

さて、男湯。
一紺は着物はそのままに、脱衣所を駆け抜けて行った。
石畳の浴場は割かし狭いが、温泉の方は思ったよりも大きい。四人五人は余裕で入れる大きさだ。
一紺は温泉には目もくれずに、おそらくは女湯と隔ててあるであろう竹の柵を見やった。
彼は、その並外れた跳躍力で竹の柵に跳び上がり、女湯を眺めた。
丁度柵のすぐ横に温泉があり、一紺のこの位置からならそこに跳び込める。
竜胆の姿は、まだない。
「よっしゃ」
彼は呟き、懐を弄って小瓶を取り出した。
薄い紫色の液体の入った小瓶の蓋を開け、小瓶の中身をお湯の中に数滴垂らす。
「ええ時に持ってたわ」
にやりと笑みを浮かべる一紺。
この瓶の中身は、そう、媚薬であった。

――数日前、街の露店で見かけた薬売りが一紺を呼び止めた。
彼は一紺に特製の媚薬を買わないかと持ちかける。
『自分が調合したものなんですけどね、大して即効性も持続性もないんですが、少しの量でも良く効きますよ。使い過ぎには御用心てなくらいですからね。値段も今なら半額以下!』
媚薬については暗い過去を持つ竜胆に使うのは気が引けたので、初めは買う気など毛頭なかった。
しかしそんな甘い言葉と主人の巧みな話術に、結局一つ購入してしまったのである。
いつ使おうかと迷っていたのだが、丁度今この時に、機会はやって来た。
自分達の他に客はいない。使ったことを彼女に気付かれないし、条件は最適。
そう、彼は竜胆が入って来る前に温泉の中に媚薬を入れようと思ったのである。
助平はこういう時に知恵が回るものなのか。
「夜が楽しみや」
これで、夜は彼女から誘って来るに違いない。
一紺は言って、口元を抑えて笑う。
しかし、その拍子に。


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