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昨日も今日も物語
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昨日も今日も物語-1

 今日もお寺の屋根に、たぶん、カラスの落とした糞とおぼしきモノがピカリと光り、

下宿の窓に西日が射して、読みかけの開けっぱなしの本の片面が赤茶けて見える。

 カラス、だとは思うが、鳩かもしれぬ。もしかしたら、近頃海から川面をさかのぼって

カモメがやってくるという。

(それかもしれぬ……)

 ぶらりと外へ出た。

 屋根を見上げると本堂の大きさが迫って、屋根がよく見えない。


  ダイヤモンドのあろうはずもなく

  大阪城の鉛瓦であるはずもなく

  何かあそこに 

  人知れぬロマンが潜んでいるはずもなく

  ピカリと放つ一物が

  寺の屋根にあるということが
 
  気になるというほどのことでもないが

  はて……

 あれは何物であろうかと、考え込みしている足元でザワザワ鳩が往来する。

 考えもまとまらぬから、身を動かすと、次から次と立ち退く隙間を鳩が埋め尽くしてく

 る。

 山門を歩き回るとその間、カラスがカァー。

 大きな銀杏の木の上だ。


  カラスお前はなぜ啼くよ。

  −−−−−−−−カァー。

  クックルクルコッ クックルル。

  鳩よお前はなぜ騒ぐ。

  −−−−−−−−カァー。

  クックルル クックルクルコッ コックルル


 山門に向かって右に折れ、木々に囲まれて墓地は涼しい。

 何の木か……墓地の木は……。幾種もあるが……。

 
  バラの花の咲くわけはない。
 
  花。

  果たして、咲いた。

  白。

  卒塔婆の並び、石塔の上。

  薔薇の花の咲くわけはない。


 墓地の石畳は京洛の古地図をそぞろう気がする。

 右に折れて、立ち止まる。……右に折れて、立ち止まる。……右に折れて、十回折れれ

ば迷路に踏み込むかと考えてみる。

 墓地の石畳は京洛の迷路。

 右に折れて立ち止まった。そこから一直線に伸びた石畳を見通してみる。


「ご苦労さまでございます」

坊主がお経を読んだ。

「このお墓は、とても由緒がありそうですね」

坊主の箒はカサカサ音を立てるだけだ。

 墓地の石畳は京洛のそぞろう迷路。

(女……)

 墓地から舞妓が出てくるものか。

ーーぼくは、日本の紋章というものをとても愛しているのです。

ーー紋って、石塔に刻まれた、このことですの?

ーーそうです。

ーーあら、この紋は、蝶なのね。

ーー鎧蝶というのです。


 坊主の頭にロマン派あるか。

 坊主の頭にカンザシ。

 南国土佐の土佐南国。

 坊主の頭にロマンはないから、坊主の頭を見るのをやめた。

 ヤカンから舞妓が出てくるはずはない。

 茶釜からはタヌキが出てきた。

 由緒のありそうな石塔は、てっぺんに蝶がとまって、化石になったのかもしれない。

「ここはとても涼しいですね」

「はい。昔からここは緑が多くて涼しいのですよ。ここだけは秋のようで、ツクツクも早

く鳴きます」

 ツクツク法師も、仏も喜ぶ。

 仏が喜ぶと石塔が揺れる。

 ツクツク法師が喜ぶとションを落下させる。

 涼しくて喜ぶのはぼくが先だ。

 ぼくは何を落下する。

 両手を広げて、天空を見渡す。

 西手の本堂の大屋根に、ピカリと放つ一物が一瞬、垣間見えたが、考えもまとまらなか

 ったのだから、目を外して歩き出す。

 木々のあちこちに蝉の抜け殻が引っ掛かっている。空蝉の墓場……とは理にかなわない

 が、そこだけ空白の時を感じさせる。だが、時間に空白はない。今日も昨日から繋がっ

 ている。


 墓地の石畳。京洛のそぞろう迷路。両側に石塔の隊伍。後ろに卒塔婆の隊伍。気の遠く

 なるような長い隊列。

  カッカッカッ……

  カッカッカッ……

 ぼくは閲兵する。

 思うに、これだけの仏が喜んで石塔が揺れたら賑やかだろう。

 一番はじめに年頃の娘がキャッと歓び、ぐらりと揺れて、隣の墓石に言う。

ーー涼しくてしあわせよ。

ーーそうでしょ。で、ぐらり。

 墓石女は色っぽいか。

  カッカッカッ

  カッカッカッ


 石塔兵隊の閲兵も止めにして、石畳を踏みならしているうちに、ちょうど升目の区画に

 出たのでまた右に曲がった。そこから一直線に視線を伸ばす。

 木々に囲まれて墓地は涼しい。

 ツクツク法師が鳴き続けている。

 ツクツク法師も仏も喜ぶ。

 仏が喜ぶと石塔が揺れる。

 涼しくて喜ぶのはぼくが先だ。

 ぼくは両手を広げて天空を見渡す。


 本堂の屋根に、ピカリと光るものが見えたが、考えもまとまらなかったのだから、歩き

 だす。

 −−−−−カァ。
 
 大きな銀杏の木の上だ。

 墓地の石畳は京洛の古地図をそぞろう気がする。

 右に折れて、立ち止まる。右に折れて、立ち止まる。十回折れれば迷路に入るかと考え  
 てみる。

 右に折れて、立ち止まる。……

 墓地から舞妓が出てくるものか。

 ふと、明日のことを何も考えていないことに気づいた。

 それも、よし……。考えもまとまらないのだから、仕方がない。……

 ……右に折れて、立ち止まる……。

 西の空が夕焼け色に染まりつつあった。
 


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