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キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい
【ファンタジー 官能小説】

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一枚足りない!-6

 ***

 ラクシュは鈴猫屋での打ち合わせを終え、アーウェンも市場でおばちゃんたちと料理談義を交わしながら、食材を買い込んだ。

 以前に二人で食べた食堂で、ラクシュはまた野菜だけの特製定食を作ってもらい、薄曇に覆われた空の下、他に通る人もいない静かな野原を、二人で帰路につく。

 家に入って扉を閉めると、ラクシュはケープのフードを脱いだ。真っ白い髪がハラリと零れ出る。

(はぁ〜……なんとか上手く行った)

 アーウェンは深く息をつき、ほっと胸を撫で下ろした。
 幸い、食堂でもラクシュが新聞を目にする機会はなかったし、これで彼女はまたしばらく家を出ない。

 しかし、気分は妙に沈むばかりで、ラクシュがせっかく可愛らしい装いをして、髪には鉱石の飾りまでつけているのに、浮かれる気にもなれない。
 彼女に散々嘘をついた最悪感のせいだろうか。

「ラクシュさん、その服……着る気になってくれたんですね。すごく素敵です」

 落ち込みを誤魔化そうと、アーウェンはアップルグリーンの服を眺めて、ようやく簡素な褒め言葉を口にした。
 先日、アーウェンが贈ったこの服を、ラクシュは気に入ってくれたようだが、なぜかこれを着ての外出は無理だと言い、一度来ただけでずっと部屋に飾っておいたのに……。

「ん」

 ラクシュが小声で頷いた。
 気のせいか、いつにも増して無口だし、その声もなんとなく悲しそうだ。

「これ、着たら……きみの、キラキラ……戻ると思った」

「俺の、キラキラ……?」

 ラクシュの言葉を今ひとつ掴めずにアーウェンが尋ねると、赤い胡乱な瞳に、じっと見つめられた。

「アーウェン……きみは、嬉しい時はいつも……すごく綺麗に、キラキラしてる」

 抑揚のない声だけれど、とても大事な秘密を打ち明けるような、真剣な色だった。

「でも、今日は…………きみの、キラキラが……見えないんだ」

 ラクシュはポケットを探り、しわくちゃの紙を取り出す。

「悲しいのは……これ、見たから?」

「っ!?」

 アーウェンは大きく目を見開いたまま硬直する。
 差し出されたのは、キルラクルシュの討伐について書かれた、一枚目の紙面だった。

「ラクシュさ……これ、なんで……」

 喉が乾いてひりつき、うまく言葉が出ない。

「噴水前で、拾った」

 ラクシュは言い、しわくちゃの新聞紙をまたポケットに閉まった。
 そして黙って立ち尽くすアーウェンを見上げて、ボソリと呟く。

「私を……心配した?」

「……」

 アーウェンが無言で頷くと、ラクシュは小さく息を吐いた。

「皆のことは……悲しい。けど……私、大丈夫だよ。アーウェン、心配ない」

「……悲しい?」

 ようやく搾り出した声は、ひどく掠れていて、自分でも嫌になるほど嫉妬に澱んでいた。

「へぇ……自分を裏切った相手でも、ですか?」

「……ん」

 頷いたラクシュに、とても苛ついた。
 アーウェンの腕は反射的に、細い両肩を強すぎるほど掴んでいた。

「俺は心配です! ラクシュさんは、いつもそうやって大事にするから! 自分を傷つけた奴等さえも、大事にし続ける……っ!」

 犬歯が伸びて、瞳に虹彩が浮んで行くのがわかる。狼化してしまいそうなほど、どうしようもない憤りと不安が、腹の底からこみ上げてくる。

「貴女が不要になったら、簡単に手の平を返した連中だ! また必要になったら、平気で縋ってくる! だから……だから、俺は……っ! 何も知らせたくなかった!」

 喉奥で唸りながら、クロッカスに言われた意味を、ようやく思い知った。
 ラクシュがキルラクルシュだったと知らない彼でさえ解るほど、アーウェンの行動はあからさまに、自己中心的だったのだろう。

 故郷の壊滅を隠そうとしたのは、ラクシュへの思いやりなんかではなく、アーウェンの自分勝手な嫉妬だ。
 避けたかったのは、ラクシュの関心が、生き残った吸血鬼に向くことだ。

「ラクシュさんのために心配したんじゃありません! 俺が、怖くてたまらなかったんです!」

「アーウェン……?」

「もし、あいつ等に望まれたら……貴女は、助けようとするかもしれない……キルラクルシュに戻ってしまうんじゃないかと……怖い。ラクシュさんが、いなくなるなんて……」

 本当は無敵の強さを内に秘めている、とても変な吸血鬼を前に、情けなく嘆いた。
 最愛の人を失う不安に、震えが止まらない。
 もうそれ以上の声も出せないでいると、ラクシュの白い指先が伸びてきた。

「そっか……」

 出会った十年前は、彼女の方が背が高かったけれど、今はもう頭一つ半もアーウェンが高い。
 それでもあの頃は、いつも躊躇うようにおずおずと伸ばされていた手が、今はいともたやすく触れる。
 アーウェンの前髪を撫でて、ラクシュがぼそぼそと呟いた。

「私、これからも、ずっと……ラクシュさん、だよ。約束する……私、そうしたい」


 アーウェンが黙ったままでいると、ラクシュは目を伏せて、顔を背けた。

「きみの、キラキラ、大好きだけど……やっぱり、眩しい」

「……俺は、キラキラして見えるんですか?」


 ―― とても自分勝手で、大事なのは貴女と自分だけで、他はどうなっても構わないようなヤツなのに。


 涙声で尋ねると、顔をそらしたまま、短く頷かれた。

「ん」

 どちらから近づけたのかも解らぬまま、いつの間にか唇が重なる。
 薄い皮膚を触れ合わせて、互いのぬくもりが交じり合うと、強張り冷え切っていた心が、ようやくほぐれていく。

「ラクシュさん、ラクシュさん……」
 
 愛しすぎて、何度呼んでも足りない名を、繰り返し呟き続けた。



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