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渚 一景
【その他 官能小説】

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滄海-1

 あの夏の日の出来事は今でも夢のように想うことがある。
青い海原も灼熱の日差しも、そして白砂の眩しさも鮮やかに脳裏に甦るのに、ふとした時に、夢だったのだと思えてくるのである。
 少女の面影がぼやけている。幻影のように記憶の闇にぼんやり浮かんでいる。そのせいか、そう思った。鮮烈な経験だったはずだ。だが、木立の霧の中に君はひっそり佇んでいる。


 少女と出会ったのは高校三年の夏休みである。八月半ば過ぎ、一時の賑わいが消えかかった海岸であった。

 春から休日を使って教習所に通い、七月末に車の免許を取った。それからは毎日父の車を乗り回した。教習車より大きなワンボックスカーが自分の運転で走っていく。爽快感がたまらなかった。

 その日、山の樹林の中を走りながら、ふと海へ行ってみようと思い立った。盆地育ちのぼくにとって海は憧れであった。親に連れられ、子供の頃何度か行った海岸は途中二度も電車を乗り継いでずいぶん遠かった記憶がある。
(遠くまで行ってみよう)
車なら海のすぐ近くまで行ける。一人で行ける。わくわくする気持ちを抑えながらアクセルを踏んだ。


 真っ青な海が見えた時、自分の世界が広がった気がした。
窓を閉めていても潮の香りがする。輝く日差しと白い浜辺の記憶が懐かしさを運んできた。

 海水浴場を通り過ぎて木陰のありそうな道に乗り入れた。砂浜が狭くなっていて岩場が多い。泳ぐ場所ではないので人もいなくて静かな一画だった。
 岩が遮るせいか、浜に寄せる波は穏やかである。潮溜まりを覗くと様々な色の海藻が揺れている。小魚や蟹もいる。ぼくは裸足になって足を浸した。

「何かいるの?」
振り向くと白い水着の少女がいた。
「何かいる?」
笑って言う。
「魚がいる」
「どんな魚?アジ?」
本気で言っている顔である。
「アジはいないよ。ハゼとかボラの子供」
「ふぅーん。見たい」
浜から小さな岩に移り、次の岩に飛び移るのにためらった。少女が手を伸ばしてきたのはぼくに支えて欲しいということらしかった。

 手を握って弾みをつけて飛び移った。抱きとめた形になって少女はぼくの体にしがみついた。肩まで伸びたやや汗臭い髪の匂いが鼻をついた。
「とべたわ」
笑って見上げながら握ったぼくの手は離さない。内心ぼくは動揺していた。白いワンピースの水着は形こそスクール水着のようではあるが、肌が透けるような薄い生地なのである。目を捉えたのは浮き出た乳首であった。小ぶりのお椀ほどの膨らみにぽっちりと突き出ていた。
(もし水に濡れたら……)
透けて見えるかもしれない。

「魚、どこにいるの?」
しゃがみ込んで、
「あ、いっぱいいる」
岩は二人のると余裕がない。ぼくらはくっつくようにして座り込んだ。

 ぼくより年下なのはまちがいない。小柄である。高一か、いや、中学生か。しかしあどけなく無防備な様子はもっと幼いようにも思える。

「採れるかしら」
「無理だよ。網がないし」
「網があれば採れる?」
「うん。うまくやれば」
少女はぼくの腰に手を回してシャツの裾をしっかり掴んでいる。ためらった後、ぼくも彼女の脇に手を入れて抱えた。柔らかい肉感が伝わった。

 少女は何も言わない。それどころかより体を寄せてくる。
「近くに住んでるの?」
「おばさんの家に遊びに来てるの。バイパスの向こう」
「誰かと一緒?」
「一人よ。海に入っちゃいけないって言われた」
「水着着てるのに?」
「この辺は急に深いからだめなんだって」
「じゃあ、こんな岩の上は危ないよ」
「平気よ。押さえてくれてるから」
 女の子の体温が染み渡ってくる気がした。
ぼくは周囲を見回した。木々があって道路からは見えないが浜を辿れば遠く海水浴場が見える。

「冷たいもの、飲む?」
「うん。喉渇いた」
「車に置いてある」
「運転出来るの?」
「免許取ったんだ」
「大人なのね」

 岩から浜に下りても少女はぼくの手を離さなかった。なぜなのかわからない。ぼくも心地いい。掌は小さくて柔らかくて女の子らしさに満ちている。
 ドアを開けてエンジンをかける時に手を離すとぼくの後ろにくっついていた。

 木陰であっても車内は暑い。エアコンをつけて保冷バッグからペットボトルを取り出した。
「まだ冷えてるよ」
木の根元に腰を下ろすと少女も寄り添って座った。
「おいしいね」
瞳が笑って、息をつくと頭をかしげてぼくの肩にもたせた。
 風がそよいで髪がなびく。目の前に少女の胸がある。伸ばした股間は秘部の形をふっくらとみせている。
(触れたい……)
手が動きかけて、とどまった。
  

 不思議な感情が広がっていった。
(この子とこれからずっと一緒にいたい……)
唐突にそう思ったのだった。
 出会ってまだ一時間も経っていない。名前も知らない少女がぼくの心に入り込んでいた。
(信じられない……)
何度もそう思いながら、
(どうして?……)とは考えなかった。理由なんてどうでもいい。少女と体を寄せ合っている事実を逃したくない。それだけが頭の中を渦巻いていた。
 
 

 

 

 


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