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雨の歌
【女性向け 官能小説】

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雨の歌-3



 エレベータの階表示が8になったところで、ドアが静かに開いた。リサと良平は手を繋いで臙脂色の絨毯の敷かれた通路を歩き、811というプレートが取り付けられた部屋のドアを開けた。

 そのホテルの部屋の広い窓からは近くを流れる川が見下ろせた。

 浅黄色の壁に、アルフォンス・ミュシャのポスターが、マホガニーの額に入れられ、掛けられている。

「わあ!」リサは部屋に入るなり大声を上げた。「素敵!」
「気に入っていただけました?」
「広いし、バスルームもユニットじゃないんですね」
「いわゆるスペシャル・ルームってやつです」良平は照れたように頭を掻いた。
「ありがとうございます! でも、あの……」
「どうかしましたか?」
「た、高いんでしょう? こんなお部屋……」
「正直に言います。奮発しました」良平は笑った。
「……ありがとうございます、私との時間をこんなに大切にしていただいて……」リサは右手の薬指で目元を拭った。

「先にシャワー、どうぞ」
「はい」

 リサは恥じらったように顔を赤らめ、着替えを準備してバスルームに消えた。

 良平はすでに胸を熱くしていた。彼は上着のジャケットを脱いでベッドに置くと、バッグを開けた。そして水色のパスケースを取り出した。


 良平がシャワーを済ませてベッドに戻ってきた時、彼のジャケットはハンガーに掛けられ、クローゼットの中に吊されていた。

 リサはベッドの端にちょこんと腰掛け、顔を赤くしてやってきた良平を同じように赤い顔をして見上げた。
 良平はリサの隣に腰を下ろした。
「リサさん、もう一度訊きます」
「はい」
「僕で、本当に良かったんですか?」
「……はい」

 良平は照れたように頭を掻いた。「弟の修平には、いつも言われます。兄貴は小心者だ、って」
「天道君が?」
「うん」
「でも、良平さん、仕事もきちんとされるし、部下のみんなにもてきぱき指導されてます。とても小心者のようには見えませんけど」
「少し前まではとっても無理していたと思います。でも、もうずいぶん歳もいったし、慣れもあって、仕事の時はあまり気にしなくなりました」

「私、仕事中の良平さんの仕草で、一番好きなのは、何か作業をし終わった後、小さくため息をついてハンカチで額を拭う姿」
「え?」
 リサはバッグから平たい包みを取り出した。「これ、良平さんにプレゼント」
「僕に?」良平はリサからその包みを受け取り、意外そうに彼女の目を見つめた。「開けていいですか?」
「どうぞ」

 それは爽やかなライトブルーのハンカチだった。

「わあ! ありがとうございます」良平は過剰なほど嬉しそうな声を出した。
「それで額の汗を拭いてもらいたいな、って思って買いました」

 良平は恥ずかしげに頭を掻いた。

「でも、僕の好きな色、よくご存じですね」
「観察していればわかります。ネクタイのストライプ、パスケース、それに上着のネームの刺繍」リサはクローゼットにちらりと目をやった。「刺繍にまでこの色をお使いになるなんて、並大抵のお好みじゃないってことでしょう?」

 良平は後ろに手をついて、天井に目を向けた。「僕も、貴女と同じ春生まれなんです。そのせいかもしれません。あの淡くて明るい空の色っていうイメージだから」
 そう言って良平はリサの顔を見た。
「そう言えば、こないだいただいたチョコレートの包み紙もこの色でしたね」
「気づいて頂いて嬉しいです」
「貴女のそういう気遣いが、僕はとても好きです」
 良平はリサの手を取った。
 リサは静かに顔を上げた。
「私を愛して下さる?」
「喜んで」


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