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冬桜
【SM 官能小説】

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(第一章)-6

若い客の男は三十歳前後の年齢に見えた。白いポロシャツと黒いズボン姿の彼は、髪を短く刈
り、切れ長でありながら深く窪んだ眼孔と高い鼻筋をしていた。その顔は誰かに似ていた…。
彼の瞳の中には、深い憂いが漂い、淡い光を気だるく放ち、薄い眉と飴色の潤んだ唇をもった
繊細な顔立ちは、どこか謎めいたものさえ感じさせた。

シャツの胸元にわずかに覗く象牙色の肌…そして、引き締まった優雅で洗練された肉体を思わ
せる肢体の輪郭に、私の視線がゆるやかに引き寄せられていく。私は彼を見た瞬間に、まるで
自分の遠い性の記憶を、蜂蜜をまぶしたような彼の唇で撫でられるような甘美なものを感じた。

私の奥底から眠りにさめたものが密かに蠢き出し、蜜汁を滲み出させながら密かに疼き始めて
いた。

彼は、静かにウイスキーのグラスに唇を寄せ、じっと私の方を見つめた。深く沈着した欲情に
充ちた彼の視線が私の衣服を透かし、無数の光の帯となって素肌に絡んでくるようだった。私
と彼は言葉を交わすことなく沈黙を続け、グラスに唇を這わせていた。


琥珀色の薄灯りの中で、なによりも私の目に留まったのは、色褪せた白い壁にかけられていた
一枚の写真だった。
いくつかのシーンが重ねられるようにデフォルメされた抽象的な男の裸体の写真だった。艶や
かな肌をした男の蠱惑的で謎めいた肉体は、顔こそ写ってはいなかったが、張り出した肉感の
ある胸部と引き締まった腹部が魅惑的な蒼い翳りをつくり、深海の底の海藻のような陰毛の中
で彫りの深い蝋細工のようなペニスが幻想的なシルエットを露わにしていた。

その男の肉体のすべてが酩酊へ誘い込むような淫蕩に充ち、それは大理石に刻まれたギリシャ
彫像のように端麗で均整のとれた肉体でありながら、性をどこまでも封じ込めようとしていた。
ただ、男の首には、鎖の付いた黒い首輪が嵌められていた…。

私は深いエロスを湛えたその写真を、吸い込まれるように見つめ続けた。まるで写真の中の男
のエロスが私の疼きをえぐり、蜜汁を絞り始め、物憂げに私を侵していくようだった。


「その写真を気に入ったようですね…」と言いながら、客の若い男は私の方を振り向いた。

彼の不意の言葉に、私は小さな戸惑いと同時に、写真に感じすぎた自分の疼きに対する気恥ず
かしさを感じた。写真の中の魅惑的な男の肉体の幻影が、ふたりをあいだに甘酸っぱく澱んで
くる。

ふと、彼の薄い唇とグラスを手にするガラス細工のような細い指を見たとき、私の中の閉ざさ
れた貝肉が、一瞬蠢いたような気がした。

「男性の肉体がもつエロスの美しさ…。首輪は彼の肉体が誰かに支配されたことの象徴でしょ
うか…」煙草の煙を琥珀色の灯りの中に吐いた彼は、淫靡な笑みを浮かべながら小さく呟いた。


すでに店の扉の外では、冬の雨音が深夜の静まりかえった路地にかすかに響き、店の中には、
ビル・エヴァンスのジャズピアノの音が、ふたりの沈黙のあいだを縫うように流れていた。
店主が奥の厨房に入っていき、私たちふたりだけが、カウンターにとり残されたときだった。



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