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『夜明けの月』
【失恋 恋愛小説】

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『夜明けの月』(2)-1

 「私、入院する。」

 ずっと黙り込んでいたシホが、エレベーターの前で言った。
 シホは、僕と暮らしだすまで、このマンションの3階に、母親と2人で住んでいた。そしてこの日、突然、家に帰ると言いだした。 「母さんや高島君が、そう言うなら、きっと、それが一番、いい事なのよね。」 シホは、斜め後ろに立つ、僕の方を振り返らずに言った。
 「……だから私、入院するの。母さんの為、高島君の為、それと……私の為に……。」この言葉が、シホの本心でないのは、あきらかだった。シホは、何か別の事を言いたい時、決まって、こんな言い方をした。第一、シホは、自分が病気である事を、認めては、いなかった。
 エレベーターが到着し、扉が開き、そして、ゆっくりと、閉じた。エレベーターは、僕達を乗せずに、また動き出した。


 シホに入院を勧めたのは、僕だ。シホの母親と僕とで話し合い、僕からシホに言う事に決めた。今のシホには、入院する事が必要だと感じたし、僕から言った方がシホも受け入れ易いと考えた。結局、母親の方も「入院」を口にしてしまい、シホは、母親と僕が、示し合わせている事に、気付いているようだった。


 エレベーターが4階で一度止まり、また1階に向かって降りてきた。
 シホは、ただ、黙って扉の方を向いている。僕は、何も言えなかった。
 エレベーターが開き、スーツ姿の男性がシホをよけて、降りてきた。男性は、こちらを見ずに、それでも意識は、僕達の方に向けているといった感じで、通り過ぎて行く。
 僕は「階段で行こう。」と言って、シホの腕をつかんだ。その僕の手を振り払いシホは、泣きだす。
 「どうして何も言ってくれないの?!どうして入院なんてしないでいいって言ってくれないのよ!!」
 男性が、振り向いた気がした。
 「……どうして、どこにも行くなって、言ってくれないのよ。」
 僕は、シホを抱き締めようと思った。なのになぜか出来なかった。

 「ごめん。」

 期待していた言葉を聞けないと、悟ったシホは、逃げる様に階段を駆け上がって行ってしまった。
 僕は、目を閉じて、今、どうするべきなのか、必死に考えた。シホのため?僕のため?……わからない。とにかく、シホを追いかけなくては……
 僕は、階段を走って、3階のシホの部屋へ行った。 シホは、鍵を開け、ドアを開いたところだった。

 「シホ!!」

 シホは、僕の方を振り向いた。少し落ち着いたように見えた。そして、静かな声で「もう二度と、戻れないね。」と、言った。

 渡り廊下に、僕だけを残し、ドアが閉まった。


 2日後、シホの母親から連絡が入った。

 シホが、自殺した。


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