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『夜明けの月』
【失恋 恋愛小説】

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『夜明けの月』-1

明け方、ハッとして目を覚ました。夢の中で彼女は微笑み、そして僕は、今ならまだ、彼女を引き留められると思った。目が覚めて、それが夢である事に気付く。彼女は、もう居ない。


 5時50分、窓から差し込む街燈の灯が、壁一面を薄オレンジ色に染めている。まるで彼女が居ない事を確かめさせる為かの様に、部屋は、薄らと明るい。
僕は、起き上がり、マールボロに火を付ける。窓を開けると、室内に冷たい風が流れ込み、玄関のドアが音をたてて揺れた。布団の上で寝ていたライチが飛び起き、玄関に駆けていく。このフェレットは、主人がもう帰らない事に気付いていないのだろうか?ドアを何度も何度も引っ掻いている。
 甲州街道をトラックがもの凄い勢いで通り過ぎ、ドアがまた揺れた。僕は、マールボロを灰皿に押し込み、ライチを捕まえてユニットバスに放り込む。
 窓枠に腰を下ろし、もう一度マールボロに火を付ける。


 いつだったか、シホがこう言った。
 「私たちは、ね。絶対に幸せには、なれないの。……どうしてだと思う?」シホは、返事を待つ訳でもなく
 「それは、ね。私たちが、心の底では、幸せを望んでいないからなの。……私の言いたい事、わかる?」と言った。
 僕は、「わかる気がする。」と答えた。シホは、右の人差し指と中指を左の手首の内側に押し当て、黙って僕を見ている。その視線は、僕ではなく、どこか遠くを見ている様だった。
 「医者が、そう言ったのか?」と、僕は、言った。シホは、答えなかった。そして前髪と前髪が触れるほど僕に近づき「幸せになりたい?」と言った。
 「なれるよ。」そう言った僕の唇に、シホの薄い唇が、そっと触れた。


 僕達は、幸せに、なれなかった。
 今になって、彼女の言おうとした事が少しだけわかる。僕達は、幸せを望みながら、その心のどこかで、幸せでいる事に居心地の悪さを感じ、不幸でいる時にだけ、心のやすらぎを得る事ができる。そんな種類の人間だった。
 それが生れ付きのものなのか、生い立ちのせいなのかは、分からない。ただ、変える事の出来ない性である事だけを、はっきりと感じた。
 気付くと、街燈の灯は、消え、東の空が明るくなり始めている。
 その空の向こうには、今にも消えてしまいそうなほど、か細い月が輝いている。僕には、その月が震えているかの様に思えた。少しずつ朝の光りに消されていく、その月が、僕には、彼女の様に思えた。


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