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Mirage
【純愛 恋愛小説】

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Mirage〜1st contact〜-2

筑波がそう言うと、二人とも笑った。僕はいつの間にか、彼女の独特のペースに巻き込まれていることにまだ気付いていなかった。
 
 
保健室には誰もいなかった。扉の前に、『只今不在』の看板がかけられていたが、施錠されていなかったため、勝手に入り、勝手に湿布を冷蔵庫から出した。しかし、怪我人を放置するわけにもいかず、僕もとりあえず保健医を待つことにした。
「いっつも気になっててんけど、神崎くんってな、いっつも授業中どこ見てんの?」
ベッドに腰掛け、湿布の張られた右の足首を気にかけながら、彼女が問う。僕の席は、窓際の席の後ろから二番目。いつも暇さえあれば、外を眺めているのだが、彼女はそれに気付いていたようだ。
「そういやお前俺の右斜め後ろやったな‥‥」
「せやで。どこ見てんの?」
勝手に自己完結した僕を急かすように、彼女がもう一度訊く。
「別にどこも見てへん。ただ、ぼーっとしとるだけ」
ふーん、といった感じで、彼女は頷いた。肩胛骨に届くダークブラウンの髪が、少し揺れる(後で聞いた話だが、これはどうやら地毛らしい)。
「ところで」
そう言うと、彼女は僕の方を指差した。その先には僕の左手首。
「そのミサンガ、かわいいなぁ」
「欲しかったらやろか? 姉貴がこんなん作るの好きやねん。まだ家にいっぱいあるわ。しょーもない」
僕はそう言って躊躇無くミサンガを外し、彼女に手渡した。別にとりわけ愛着があったわけでもないし。
「ほんまに? ありがとう」
受け取った彼女は、素直に嬉しそうな顔をしていた。何故かこっちが照れ臭くなる。
そんな感じで、僕と彼女は授業が終わるまでずっと喋り続けた。休み時間に、本郷と彼女の友人数名が入って来ると、その時間は終わりを告げた。彼女は彼女の友人と話を始めたため、僕は何も言わずにその場を離れた。後ろの方で、本郷が病院に行った方がいいとか何とか言っていたが、僕はそっと後ろ手に保健室のドアを閉めた。
次の授業が始まるまで、もうあまり時間がない。
急患の搬送、付添の大義名分を掲げ、ゆっくりと教室の前まで戻ると、授業はもう始まっているというのに、話し声が聞こえた。不審に思いながら教室の戸を開けると、正面の黒板に『自習』、と白いチョークで大きく書かれていた。
何となく肩透かしをくらった思いで席に座ると、前の座席に座っていた、赤茶けた髪の派手な男子生徒がこちらを向いた。何故かその顔は笑っている。
「自分、さっきの時間何してたん?」
「筑波が捻挫したから、俺が保健室まで運んだんや」
僕は右手の親指で筑波の席を指した。
「そんだけ?」
「そんだけや。それに周には関係あらへん」
江川周作は僕が高校に来て最初に喋った相手だった。それから、僕と周はちょくちょく会話を交わすようになった。
「そら心配やわ。筑波がお前に襲われたりしたら大変やで」
「何言うてんねん二人とも」
僕はいつのまにか机の横に立っていた女子生徒を見上げた。黒髪を後ろで束ねて結い上げ、中央よりやや左寄りで前髪を分けた、見覚えのある顔。
「ちょっと待ちぃや、千夏。俺は何も言うてへんやん」
「あんたほんまに美沙にちょっかい出してへんやろうな‥‥?」
千夏は冷たい目で僕を睨んだ。僕はただ舌打ちして目を逸らす。
麻生千夏は僕の母親の友人の娘。同じ高校に進学していたのは偶然だが、僕は小さいころから彼女とは親交がある。幼なじみ、というと大袈裟かも知れないが、それに近い感じ。どうやら筑波とは仲がいいようで、先ほども保健室に顔を出していた。
「お前俺を何やと思てんねん」
げんなりしながら僕が言うと、
「発情期のオスやと思てんのんちゃう?」
けらけらと笑いながら周が茶々を入れる。
「あんたはムシ以下やけどな」


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