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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 3-5

「痛みも、傷痕もないんです。前より調子がいいくらいで」

「アハトは治療がうまいんだ。里でも随一の腕前だと、あいつの上司も太鼓判を押したほどでな。もともと医療の術に優れた家系らしい」

 そう語るシェシウグル王子の口調は、どこか得意げだった。

「ミルハに……妹についている娘と比べると火力は足りないらしいが、どうせツミが戦争を戦うわけではないからな。即死さえしなければ何とかしてくれるアハトの方が、俺には便利だ。……なんだ、その顔は?」

 知らず笑みの洩れたエイに、彼は眉をひそめた。

「いいえ。仲が良いんですね」

 王子は心底びっくりしたように目を見開いた。

「バカを言え。あいつの愛想の悪さといったらないぞ。言うことは聞かんし反抗的だし」

「でも、即死さえしなければ何とかしてくれるんでしょう。敵の前で気絶するリスクをとってまで」

 顔をしかめる王子に、エイは静かに告げた。

「上司の命令だからって、あなた本人との信頼関係なしにそこまではしてくれないと、僕は思います。……というのは、実体験からの推測ですが」

「……お前、本当に部下に愛されてないんだな」

 シェシウグル王子は、前回と違って憐れみたっぷりにそう言った。揶揄されるのとどちらがましだろうかとエイは首をかしげた。

「それにしても、気絶するなんてのは予想外だ。治療にそんなに力を使うとは思わなかった」

 ふん、と彼はふいと横を向いた。

「ツミのできることは知っていても、限界は知らんからな。連中もそんなもの知られたくはないだろうが」

 少し怒っているような口調だった。アハトに、なのか自分自身に対してなのかは杳として知れなかったが。

「あいつ自身も限界を見誤ったんだろう。仕方ない、まだ子供だからな」

 修行が足りん、と彼は肩をすくめた。

「……なぜ、そこまでして僕を助けようと思われたんですか」

「そりゃあお前、」

 彼は何事か当然のように即答しようとして、はたと言葉を止めた。

「どうしてだろうな」

 言いながら首をひねる。

「ツミの力にわずかにとはいえ抵抗して見せた人間など他にいない。失われるのはもったいないような気がした……というのはどうだ」

 どうだ、と言われても。エイは困惑した。

「敵なのに、ですか」

「敵だろうが味方だろうが、貴重なものが永遠に失われるのはもったいないだろう」

「よく……わかりません」

 正直に答えると、シェシウグル王子はなぜか小さく笑った。

「俺もわからん。あのときは、そんな理由まで考えてはいなかった気がする」

 なぜだろうな、と肩をすくめる彼に、つられるようにエイもかすかに口の端を上げた。

「……殺すなという声が、聞こえました。あのとき」

 シェシウグル王子はふと目を上げた。あれが夢ではなかったということは、間違いなくこの王子の声だったのだろう。

「じゃあ、彼は僕を殺せるんですね……生かすことも、自在にできるんだ」

「殺せる、だと?」

「なんとなく、僕は死ねないんじゃないかと最近思っていたものですから」

 聞きながら盛大に顔をしかめたシェシウグル王子に、エイは小声で付け加えた。

「馬鹿なこととお思いでしょうけど」

 王子は少しの間押し黙ってから、どこか咎めるような調子で言った。

「自殺志願者みたいなことを言う」

 思いもかけない言葉に、エイは驚いて目を見開いた。

「そんなつもりは……死ぬのは怖いですよ」

「だが受け入れている」

「受け入れて……」

 そうなのだろうか。エイはかすかに動揺した。

 死ぬのが怖いというのは嘘ではない。苦痛に苛まれながら命を落とすのはどんなに恐ろしいことだろうと、最初に戦場に立った日から彼はいつでも夢想してきたのだ。
 だが、敵に囲まれても特に大けがもせず切り抜けることを繰り返すうちに、いつしか彼は違う幻想……懸念に、とらわれるようになっていた。すなわち、死なないという不安。

 あの黒森砦の闘いで、彼はようやくそれがただの幻想であったと知ったのだ。
 しかし、それでは別の、元から持っていた死への恐怖が顔を出すかと思えば、違った。

 恐慌の中で味わったのは恐怖ではなかった。
 あの、死の瞬間の平穏に、いまだに脳が浸っている。
 泥酔するほど酒を飲んだ経験はないが、きっとそんな状態なのだ。だから、今の自分は普段の自分とは違うのだろう。
 違うはずだ。人見知りせずに敵の二人と会話し、あまつさえ彼らに好意を抱き、助けたいと考えている。それはつまりアールネ……リアへの、反逆だ。

 彼はもう自覚していた。シェシウグル王子と二人きりで残されても逃げ出さず、気絶した鳥を大事に抱えて彼を安全な場所へと導いた時点で、エイはすでにアールネを裏切っている。
 単に流されたわけではない。ここまでの道には、自らの意思も働いていた。リアに従っていれば、彼は遠からずアールネのためという名目で戦死しただろう。結果的に、彼はその運命から逃げ出したのだ。

 だから、自死への願望を持っていたつもりはない。その誤解をどう解こうかぐるぐると考えているうちに、シェシウグル王子が腕組みしてこう質した。

「じゃあ訊くが、どうしてこの家の者たちを匿った? こいつも立派な反逆行為だぞ。ばれれば死刑だろう」

「……」

 それはまた別の話だ。エイはどう応えるべきか迷いつつ、言葉をつないだ。


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