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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 3-4


「それは本当か?」

「ええ」

 彼の驚きに逆に拍子抜けしつつ、エイは頷いた。

「お気付きかとばかり思っていました。副官が、僕は死んだと言い切ったのは、生きていられたら困るからです」

 彼は静かに語った。

「もう伝えてしまっていたんでしょう。僕の死を、自分の手柄として」

 エレヴが産まれたとき、先代アールネ公はまだ存命だったので、当時の世継ぎは当然リアであり、彼の即位とともにエレヴがその地位についた。なので、エイが世継ぎであった時代はない。彼には万に一つも公位につく可能性などないし、それを望んだことすらないのだ。
 にも関わらず、リアは彼がその座を欲しているものと思い込んでいるふしがあった。
 どこから生じた誤解なのかはわからない。誤解なのだと伝える手段も彼にはなく、ひたすら従順にふるまうことしかできなかったが、それも無駄だった。
 最後に兄の命に殉じた日に、ようやくこの誤解は氷解するのだろう。

「なるほど」

 シェシウグル王子は腕組みした。

「兄貴には嫌われている、と。それはわかったが、味方くらいはいるんだろう。いくらアールネ公一人がお前を始末したがっても、公然と見捨てることはできまい。第二継承者のお前を奉じて得をしようとしている連中が反対してくれるさ」

「味方……いるかなあ……?」

 エイは首をかしげた。思い当たる者はいない。強権主義のアールネにあって、リアは公邸内でも軍の間でも絶対的な信望を集めている。
 『本国に味方』がいるとしたら、それこそエレヴ公子くらいのものだろう。あとは次兄のセラか。あの二人は、彼があっさり売り渡されることに反発のひとつはしてくれるはずだ。だが二人とも最終的には、リアの決定に逆らうまい。

 心もとない口調でそう告げるとシェシウグル王子は笑った。

「エレヴ公子が味方なら、そう悲観したものじゃない。アールネ公親子は仲が良いんだろう? どんな父親も可愛い息子のうらみは買いたがらないものだ」

 そんなものだろうかと内心疑念を抱くエイに、彼は続けた。

「お前は運が良い方だぞ。普通は、第一・第二継承者同士は仲が悪い。お互いに消えてほしくてしょうがないのが世の常だろう」

 やけにしみじみとした口調だった。
 長子相続制をとるロンダ―ン王家の双子に、誕生した順番についての論争がつきまとっている噂は、エイも耳にしたことがあった。実体験に基づく、含蓄のある言葉なのだろう。

「あなたは、妹君といがみ合っておられるんですよね……大変ですね」

「うちは例外だ」

 即座に返ってきた否定に、エイは目を丸くした。

「俺と妹はものすごく仲が良いぞ。あいつは俺のことが好きなんだ」

「はあ」

「美人だし優しいしな」

 そこまでは聞いていないのだが。戸惑う彼に、シェシウグル王子はかまわず続けた。

「頭も良いんだぞ。性格もしとやかで、美人だ」

 二回も言うからにはよほどの美女なのだろうか。エイはあいまいに頷くにとどめた。
 あまりエイの感動を引き起こせなかったことを察して、シェシウグル王子はつまらなそうに話題を変えた。

「飯は食わんのか? 空腹だろう」

「いえ、彼、アハトの分を、」

 シェシウグル王子はあきれ顔になった。

「あいつの分はいいと言うのに。聞かんやつだな」

「でも、彼こそ体力を回復しないと」

「だから、あいつは食わんのだ」

「食べない?」

「ツミだからな。腹が減ったら外でネズミやウサギでも狩って食うんだろう」

「えええ……」

 想像してしまって、エイは胃の腑にこみ上げてきた不快感を必死で飲み込んだ。

「人の飯が食えないわけじゃないんだぞ。同族の娘や上司たちは、普通に俺たちと同じものを食ってる。あいつのはだから、ただのわがままだ。味付けが濃いとか辛いものが嫌いとか、そういうレベルの話だ」

 完全に子供扱いだ。あれほどの、一種神話めいた力を行使する不思議な少年に対するものとは思えない言い草に、エイは苦笑した。

「あの、力……」

 彼は知らず、ひとりごとのように呟いた。

「ものすごい、力、ですよね。そんな食事で回復するものなんでしょうか」

「あの力がどこから来ているかは永遠の謎だな。普段なら砦一つ潰すくらいは造作もないんだが」

 そういえば、とエイは思い出した。アハトもそんなことを言っていた。修復するのに力を根こそぎ使ったとか、なんとか。意味がわからず聞き流していたのだが……

「そういえば、壊したとか、直したとか、」

「お前の話だ」

 王子はあっさりと答えた。

「俺と闘ったとき、あいつ反撃しただろう。なかなか遠慮なく潰し殺しにかかったようでな。全身骨はばらばらだわ内臓はあちこちつぶれてるわ、即死しなかったのが奇跡だったんだ」

 エイは目を瞠った。
 それでは、黒森砦で目を覚ます前の出来事は夢ではなかったのだ。黒い鳥が現実に存在した時点で、彼はどこまでが夢だったのかと混乱していた。

「それをあいつが二日がかりで治したというわけだ」

「そんなことまでできるんですか、彼は」

「理屈は聞くな。俺にもわからん。ツミの力は計り知れんのでな」

 シェシウグル王子はそう言って肩をすくめた。


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