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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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凶暴回帰の満月夜-10


 *****

 ――強烈な開放感と歓喜。それから死闘の興奮が、ギルベルトを支配していた。

 今まで、狼の姿で戦ったことは数え切れない。レンジャーの仕事には危険がつきもので、よく魔獣や物騒な人間に襲われた。
 だから、危険地帯には狼の姿で赴くことが多く、いつも一人で行くしかなかったのだ。
 手ごわい相手と戦う時、妙に気分が高揚するのをよく感じていた。
 しかし今夜の戦いに比べれば、先日のドラゴンさえも児戯に等しい。

 身体中を駆け巡る血脈が、戦えとひたすらけしかけて来る。
 ジークも同じなのだろう。片腕を失ってもなお、ひるむことなく不屈の闘志で向ってきた。
 これぞ紛れもない人狼だと、祖先の亡霊たちが喜びざわめく。

 ジークが倒れ伏し、勝敗はついたが、満月夜の決闘祭はまだ終わらない。誇り高い人狼の死闘は、最後に相手の息の根を止めて、完遂されるのだ。
 それを妨害したハーフエルフの少女に、亡霊たちは怒り狂った。

『脆弱種の分際で、決闘祭の邪魔をするとは!!』
『許せぬ大罪だ!!』
『こいつを殺せ!!』

 ギルベルトが前足を乗せただけで、ハーフエルフは動く事も出来なくなった。

(脆弱だな。ひ弱な種族だ……)

 彼女が知り合いだと、どこかぼんやり覚えている。
 けれど興奮にたぎりきった頭には、大したことでないように思えた。
 ともかくコイツは、人狼の神聖な決闘を邪魔した。祖先たちの言う通り、その死で償うべき大罪だ。
 恐怖のためか、ハーフエルフは青ざめ涙を流していた。血の気の引いた唇が、震える声をつむぐ。

「先生……っ!」

 ハーフエルフは、何度もギルベルトをそう呼んだ。

 ――そうだった……彼女は俺を、そう呼んでいたな……。

 どこか居心地の悪いような、くすぐったい呼ばれ方だ。親しげなくせに少し他人行儀で……実のところ、勘弁してくれと思った。
 それでも、彼女の屈託ない笑顔が、あまりにも可愛らしかったから、まぁ良いかと思った。

 おぼろげに霞んでいた記憶が、パズルのように細々と組み合わさっていく。

 彼女はとても優秀で、キーボードを魔法のように素早く打つとか。
 ギルベルトがどんなに機械を扱えなくても呆れなかったとか。
 ゲームが好きだとか。
 料理は作るより食べるほうが好きとか。
 厄介な携帯電話さえも、彼女がすぐ直してくれるから、それほど憂鬱ではなくなったとか……。

 そして何より、彼女の傍にいれば、荒んでビリビリ痛む神経が、不思議なほど和らいでいく。
 


 ――ああ、だから、俺は……彼女がいてくれるなら…………。



 エメリナの胸元めがけ、牙を剥く。
 両手首を戒めていたロープへ、慎重に噛み付いた。
 ロープは酷く頑丈で嫌な味がしたが、人狼の牙は強力だ。ほどなく切れて解ける。

 響き渡る祖先たちの声が、急速に薄れていった。
 まだ興奮は完全に冷めず、人型に戻ることさえ出来なかったから、エメリナの首筋にそっと鼻先をすりつける。
 彼女は呆然とし、まだ状況が飲み込めていないようだった。頬を舐めると、ようやくハッとした表情になり、急いで上体を起こした。
 すみれ色の瞳に、新しい涙がみるみるうちに盛り上がっていく。

「ひ、ひっ……く……先生……先生ぃぃっ!!!」

 大泣きしながら飛びつかれた。

 彼女はハーフなのに、エルフよりも殆ど人間よりの外見をしている。しかし、だから美しくないなど、とんだ誤解と偏見だ。

 ほら、顔中を涙を鼻水でグシャグシャにしながらも、こんなに可愛くてたまらない。



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