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果葬 ―かそう―
【その他 官能小説】

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―2―-1

「おまえさん、もう煙草はやらないのかい?」

 黒塗りのセダンの助手席に深々と座った大上次郎(おおがみじろう)は、運転席の男に雑談を持ちかけた。

「ええ、まあ、あれは体に毒ですからね」

 車のエンジンを始動させながら、若手の沢田透(さわだとおる)がそれに応じる。
 かかりはあまりよくないが、これでなかなか妙な愛着が湧いて、おなじ車をずっと手放せないでいるのだ。

「聞いたぞ、沢田、もうすぐ父親になるんだってな」

「さすがは大上さん、耳が早いですね。だから余計に吸えないんですよ。妊婦の前で二本指を立てようもんなら、離婚だ裁判だなんて騒がれかねませんから」

 言いながら、やれやれという表情の中にも、どこか幸せを滲ませる余裕もあるのだった。

 大上は皮肉な笑みを浮かべて、

「俺はもう三度も禁煙に失敗している。値上げしようが、体に毒だろうが、やめれんものはやめれん」

 そのまま自分の煙草に火をつける。

 やがて車は静かに走り出し、カーステレオから流れるラジオ番組の音声が、二人のくだらない会話を遮った。
 パーソナリティーの女性は声のトーンを微妙に下げ、めりはりをつけた語り口で、ある事件についての記事を読み上げている。

「これって例の、神楽町で起きた通り魔事件のことですよね?」

 先に食いついたのは沢田である。

 対して年配の大上のほうは、

「まったく、このあたりも物騒になったもんだ」

 鼻と口から白煙を吹き出す。

「犯人の目撃情報も乏しいっていうし、まあ、夜の11時なら無理もありませんね。被害者の名前、なんて言いましたっけ?」

「花井孝生、三十五歳の警備員だ。その日も通常通りに出勤して、事件現場となった道路の交通整理にあたっていたそうだ。そうしたらいきなり背後から、ズブリ、というわけさ」

「犯人はそのまま逃走して、被害者はそこで息絶えたというわけか。まだまだ働き盛りで将来があったはずなのに、遺族の人たちの気持ちを思うと、なんだかやりきれませんね」

「所帯持ちで、夫婦のあいだに子どもはいなかったらしいが、そこの奥さんがえらいべっぴんだって噂が流れている」

 そこを右だと沢田に指示を出しながら、大上は喫煙の合間に上唇を舐めた。

「その話なら俺も知ってます。こんな時に不謹慎かもしれませんけど、若くして未亡人になると、ありもしない男関係の噂がいろいろと立つもんなんですよね」

「まさか、おまえさんもそのクチかい?」

「なにがです?」

「彼女の傷心につけ込んで、どうにかなろうって考えているんじゃないかと思ってな」

 大上は備え付けの灰皿で煙草の火を揉み消した。

「やめてくださいよ、そういうの。うちのカミさん、あれでけっこう地獄耳なんですから」

 沢田は大げさに口を尖らせて否定した。

 その様子があまりにも可笑しくて、大上は低い声で含み笑いをした。


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