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贅の終焉
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唐突-7

==粋秤==

家に帰るまで、受け取った封筒のことは忘れていた。
今日返すつもりで持って行ったものと合わせて二通になってしまった。
あんなこと・・・どうしてしてしまったのだろう。
私のほうから藤沢さんに唇を合わせてしまった。

社会的地位に責任を持つ威厳をもちつつ、老いていく現実の悲壮感も持ち合わせている。
確固とした立場を持ちながら、どこか不安定な脆さを垣間見た。
鎧を脱いだ素の部分というのか、藤沢さんの何を知っているわけではないけれど
ただ、儚く見えた。
私の何がいいのかは未だによくわからないが、私といることに感動してくれたのはうそではない。
感動し、涙を流す姿に胸を打たれた。

どんな社会を生きてこられたのか想像にもつかないが
あの瞬間は、儚げな心細げな藤沢さんの心の揺れに共鳴して自分の心も揺れてしまった。
なにか 慰めを?支えを?励ましを?
考えてるうちに 体が動いてしまった。
自ら、藤沢さんに口づけてしまうなんて。
ただ、そっと 唇を合わせただけだけども。藤沢さんもいい匂いがした。
仕事の途中だったのだろうか、白いワイシャツにスーツのズボンだった。
ネクタイと上着はクローゼットにかけてあるのかもしれない。首のボタンを二つほど外したシャツの襟は
パリッとしていて清潔だった。加齢臭なんてしない。
 

藤沢さんが私の首筋に近づていい匂いだといった時
私も藤沢さんの匂いを嗅いでいた。いい匂いだった。
藤沢さんが言うように ドキドキしてトロンとなった。
まさか、藤沢さんはもう67歳にもなるのだし。
男性として意識することはないだろうと思っているけれど。

来月の第一木曜日 直接あの部屋に。
ホテルの一室と言っても、密室であるという圧迫感はない。
もちろん、プライベートルームであるという意味では密室であるが、
あの最上階の部屋は、商談でも利用するというのが理解できるように
リビングスペースが広く、開放感がある。
むしろ、ベッドルームがどこにあるのかもわからなかった。
キッチンがあった。ソファーとテーブルとキャビネット・・・。
今日自分が腰かけていた位置からでは一望などできないほど広いのだ。

今度行ったときは、部屋を観察したい。
めったに行く機会などないことは明らかである。
藤沢さんへの不信感がぬぐわれていくたびに好奇心が持ち上がってくる。

こんな機会は私にとっても非現実的なことであり奇跡のようなこと。
藤沢さんは危険人物でなさそうだし、紳士でもあるし、お金持ちだから
きっと、独身で資産を持て余しておられる。
病気によって自分の人生の行き先を見通した時に
悔いなくわがままを通したいと思う気持ちは理解できなくもなかった。

その わがまま というのが どういうものかは
まだ、確かにはわからないのだけど
私に求められていることであることはわかった。
あの、涙からも 軽い思い付きでないことも感じとれた。

そうだ、封筒をどうにかしなくては
いつまでも封筒のまま持ち歩いているのもおかしい。

今日の封筒を開けてみる。先日の中身も10枚あったわりには新券だったので
うすっぺらだった。今回はさらに薄い紙が一枚入っているだけだった。
何?
小切手だ。100万 うそでしょう!
さすがにこれは いただけない。 全身の毛穴が逆立った。
裏版も押してある。自分の通帳を持って銀行にさえ行けば即座に現金として記帳される。

藤沢さん、何を考えているの?
私の価値の代償ではないという。
私が何かをしたとかしないとかの代償でもなさそうだ。

藤沢さんにすれば、100万はお小遣い程度?そうかもしれない。
だけど・・・。

結局、また 前回の新券10枚と今回の小切手を元の封筒に戻して
大きくため息をつきながらバッグに押し込んだ。



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