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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 2-4

※※

 動きがあったのは一刻ほどのちのことである。

 その間アハトは、話しかければ最低限の返答はした。愛想はないが、最初の印象ほど人あたりは悪くない。
 ただ当然というべきか、外の様子やこれからの処遇については何も答えてはくれなかった。

 先ほどは尋問もされなかったがいつになるのだろう、とぼんやり考えていると、乱暴に音を立てて扉が開かれ、シェシウグル王子が飛び込んできた。
 どうも鉄の扉を蹴りつけたようだ。表の兵士とアハトがあきれた表情で見ている。

「アールネ軍が来た」

 彼は入ってくるなりこう告げた。

「こちらが少数なのがバレたようだ」

 バレないうちに叩いてやるつもりだったんだが、とぶつぶつ呟く声が耳に入った。内容に反して、口調はどこかわくわくと楽しげだ。

「今、兵士を脱出させている。俺たちも逃げるぞ」

 ……俺たち。
 当然アハトのことを言っているのだろうと少年に目を遣ったエイに、彼はもどかしげに続けた。

「お前も来い」

「えっ」

「大事な捕虜だ。直下の部下が見捨てたとしても、交渉相手が兄貴のアールネ公本人なら対応もまた違うだろう」

 驚くエイをよそに、王子は思案げに呟いた。

「北ナブフルのセリス王子と交換できれば一番いいんだが」

「それは……」

 それはどうだろう、とエイは内心疑問に思ったが、口にするのはやめておいた。自ら立場を悪くすることもあるまい。

 流されるまま足枷を解かれて立ち上がったとき、彼は違和感を覚えて、そのまま踏み出すのをためらった。

「どうした。早く来い」

 シェシウグル王子が片眉を上げて促したが、エイは何と言ってよいかわからず、戸惑いの表情のまま固まった。

「足がどうかしたのか?」

 彼の困惑を見てとって、シェシウグル王子はなぜかアハトに向かって言った。

「おい、なおっていないんじゃないのか?」

「……そんなはずはない」

 アハトはかたい表情でエイに近付いた。

「頭を下げろ」

「え?」

「いいから下げろ」

 強い命令口調でそう言ったかと思うと、彼はわけがわからずに立ち尽くすエイの襟首をつかんで、ぐいと引っ張った。

 通常なら反応できたのだろうが、混乱していたのに加えてアハトの不意打ちはひどく静かで無駄が無く、しかも力が強かった。気付いたときにはエイはたやすく頭を下におさえ込まれてしまっていた。
 視界がふさがれてパニックに陥る間もなく、後頭部から首の後ろを軽く叩かれる。

 何をしているのかわからず、エイはひたすら困惑した。
 ほんの数秒の間の出来事だった。アハトは唐突に彼を解放して、こう言った。

「問題ない。間違えてはいません」

 二人の様子をおかしそうに眺めていた王子は、そうか、とあっさり頷いた。

「じゃあ気のせいだ。ほら、歩け」

 身を起こしたエイの背をぽんと小突く。
 なおっていない、だの、間違いはない、だのと、言葉の意味はまったくわからないまま、エイは仕方なく一歩、足を踏み出した。

「……」

 やはり違和感がある。
 どこがどうと言葉にするのは難しいが、妙にふわふわと足元が軽い。意識と実際の動きが一致していないのだ。
 自分で思うよりも足の回転が速くなり、あわてて制動しようとして二人にぶつかりそうになる。あげくアハトに迷惑そうな顔をされて、彼はいたたまれずに下を向いた。

「あの、どこへ……」

 石造りの暗い廊下を足早に進みながら、エイは前の二人におそるおそる声をかけた。
 彼らは見張りの兵士とは別の方向へ向かっているのだ。シェシウグル王子は振り返らないまま応じた。

「軍は散り散りに逃がすんだ。俺たちは別方向に逃げる」

「別方向……たった二人で?」

「おかしいか?」

 怪訝な顔を向けられ、エイは言葉につまった。

 ものすごくおかしい、とは言えない雰囲気だ。
 一国の王子が、小姓だか衛兵だかわからない少年ひとりと捕虜を連れて敵軍から逃亡しようなど、普通のこととは思えないのだが……もしかして、自分の常識が間違っていただろうか。

 考え込んでいると、前方から一人の兵士が駆け寄ってきた。

 ここまですれ違ってきた兵士たちはみな慌ただしくいずこかへと向かって移動していたのだが、その男はまっすぐに彼らを目指して来ている。
 シェシウグル王子は見とがめて声をかけた。

「おいお前、どこの所属だ? こっちの出口は違うぞ」

 返事はなかった。
 男は無言で、手を剣の柄に伸ばした。
 異変を感じたアハトが王子を庇うように前に出る。同時に、すらりと鞘走りの金属音が響いた。

 どさくさにまぎれて王子を暗殺しにきたアールネ兵。

 その場の全員が、つまりエイも、そう考えた。
 だが男の踏み込む方向は、シェシウグル王子とアハトからわずかに逸れた。

 視線と殺意は、まっすぐにエイに向かっていた。


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