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『ぬるま湯』
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『ぬるま湯』-3

でも彼が私にかまうのはだいたいいつもこれくらい。彼は私にあまりなにかを与えてはくれない。私からなにかを無くしてくれるばかりだ。それは涙だったり、寂しさだったり、悲しさだったりする。
もちろん、私が彼になにかを要求すれば、彼はそれをくれる。いつも、私が欲しい分よりもほんの少し余分に。それは言葉だったり、ぎゅっと抱きしめることだったり、キスだったりする。だから私は彼と居ると少しわがままで欲張りになる。そうならなくちゃいけない気がしてしまう。
今日、私は手を握ることにした。たったそれだけのほうがいい。今日みたいな日は、あんまりたくさん浸っているとふやけてしまう。カラカラに乾いてしまっている時だけでいいのだ、たっぷりともらうのは。
それでも彼は、やっぱり私が思うより少しだけ強く手を握ってくれる。
それから、私がもうたっぷりと満たされるまで、ゆったりと時間を食い潰す。
その時には、それ以上に有意義で贅沢な時間の使い方なんてないと、私はしっかり信じきってしまっている。
そんなふうにしながら、やっぱり私は「彼」のことが好きなんだと思う。彼以外の「誰か」じゃあ、絶対にこんなふうにはならない。
「おやすみ。」
別れ際に彼はそう言う。次の瞬間に眠ってしまえるような穏やかな声で。
私はすっかり満ち足りて、さっきのぼった階段を下っていく。
部屋に戻ると、電気もつけず、そのまま真っ直ぐにベッドへ向かう。彼の言葉がまだあたたかいうちにベッドの中まで持って行きたいのだ。
ベッドの中に入ってようやく私は安心して枕もとのライトをつける。そして読みかけの本を開いた。友達に勧められて昨日買った本だ。今話題の、なんでも『女性から絶大な共感を集め』ている小説らしい。でもすぐに私はその本を閉じた。だって全然共感できないのだ。
私は枕に頭をうずめて目を閉じる。さっきの「おやすみ」をちょうどいい温度に冷ましながら。

私は、ぬるま湯のようなしあわせに居る。


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