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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -一紺ガ女--1

「…気になっていたんだが」
喧騒の中を歩きながら、暗緑の髪を結い上げた女、竜胆が傍らの男に声をかけた。
「何や?」
変わった訛りでもって、その手拭を頭に巻いた男、一紺は応じる。
竜胆は躊躇いがちに、小さく言った。
「…その…、お前が昔…関係を持った女は、どれくらい…なのか…」
最後の方は消え入りそうな程小さな声で。
顔を赤くしながら問うた竜胆の顔を覗き込みながら、一紺は笑いながら言った。
「何や、妬いとんのか?昔の女に?」
「ッ」
図星。竜胆は一紺の脛を蹴りつけた。
それが一種の愛情表現なのだと一紺は解釈し、先に歩く竜胆を追いかける。
「せやな…聞きたい?」
「別に」
「気になってる言うたのに…」
一紺はつれない竜胆の傍らを歩きつつ、そう呟いた。
(…気になるに決まってるじゃないか)
言葉とは裏腹に、彼女は至極気になっていた。
もう幾度となく一紺と身体を重ねたが、彼と共寝する時にいつも感じること。

『一紺はこれまでに一体幾人の女を抱いて来たのだろうか?』

と言うのも、彼の性技が巧みなせいなのだ。
口付けのし方や焦らし方。自分の感じるところを的確にせめて来る。
それは、やはり過去の経験の賜物なのか。
思う竜胆は、妙に心穏やかでなかった。

「…気になる?」
「なるッ」
ふいにそう問われて、竜胆は思わず答えてしまった。
はっとして口を塞ぐが、遅い。
一紺はにやりとして竜胆の顔を覗き込んだ。
負けず嫌いで意地っ張りな竜胆が、思わず素直に答えてしまったことが一紺にとっては嬉しかった。
竜胆は、顔を背けて小さな声で言った。
「…どうして…『ああいうこと』が得意、なのか…き、気に…」
そこまで言って口を噤み、真っ赤に顔を染める竜胆の頭を軽く叩き、一紺は言った。
「秘密♪」
「な…ッ」
抗議の声を上げる竜胆だが、一紺は言う。
「話しても面白ないし」
「……」
この場合、面白い面白くないは別問題だ。
竜胆は複雑な気持ちだった。

一紺がどれほどの経験をして来たのか、気になってはいる。
しかし、それを知って落ち込むだろう自分の姿が、ふと彼女の頭の中に浮かんだ。
「ッ」
(これじゃあ、私が嫉妬しているみたいじゃないか!)
竜胆は首を左右に激しく振った。
(……いや、嫉妬してる…のか?)
「…もういい」
「安心せぇよ、今はお前だけやで」
そんな台詞を耳元で言われて、竜胆は再び顔を赤くする。
男との経験が浅い竜胆にとって、彼との関係は戸惑うばかりであった。
布団の中に限らず、いつも一紺に振り回されてしまう。
しかし、竜胆にとってそれは却って心地良かった。
優しげに笑んでいる一紺を隣に、竜胆はぼそりと呟く。
「…こういう時が永遠だったら良いのにな」
そしてそんな呟きは、いきなりの黄色い声に掻き消された。
「いっこぉんッ!!!」
甲高い、女の声。
竜胆が少しだけ顔を顰めた。
一紺は、額に汗を浮かべて竜胆を見やる。
「…う、噂をすれば、何とやら…?」


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