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白いキャンバス
【悲恋 恋愛小説】

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白いキャンバス-2

 厚手のジャケットを羽織って、翔弥は駅までの道を歩いた。「陽が傾くと、さすがに寒いな。」彼は独り言を言って襟を立てた。
 小学校の近くにある公園のそばを通り過ぎる時、翔弥はふと立ち止まった。公園では小学生ぐらいの二人の姉妹がブランコをこいでいた。
 「もう暗くなるのに・・・。」一言呟いて、彼はまた歩き始めた。
 駅が見えてきた。翔弥は、ここしばらく感じていなかった胸の高ぶりを覚えていた。
 駅舎に入って、圭子と約束した掲示板辺りに目をやった。黒縁の眼鏡を掛けた高校生が一人、スマホをいじりながら立っていた。翔弥は腕時計を見た。「5時45分・・・。」
 その時、翔弥は肩を軽くぽんと叩かれて、振り向いた。黒い瞳の女性が立っていた。少女のようにあどけない笑顔は、彼の心の奥にしまわれていたものとすぐに重なった。
 「あ、け、圭子さん・・・。」
 「狩野くん。早かったね。」

 小さなテーブルをはさんで、圭子と翔弥は向かい合っていた。
 「ほんとにごめんなさい。急に呼び出したりして。」圭子は申し訳なさそうにそう言った。
 「平気だよ。」翔弥はコーヒーカップを手に取った。「でもさ、貴女はあの頃から全然変わってないね。」
 「あの頃って?」
 「中学の時。」
 「嘘だー。だって、私、もう40だよ。いいおばさんじゃない。」
 「いや、ほんとだって。っていうか、僕の中の貴女のイメージは、ほとんど変わってない、っていうか・・・。」
 「狩野くんが、私に告白した時のこと、まだ覚えてるよ。」圭子が少し小さな声で言った。
 「僕は一生忘れない。」翔弥は笑いながらコーヒーをすすった。
 「私があの時、貴男の気持ちを受け入れていたら、人生が変わっていたかもね。」
 「大げさだよ。」
 「落ち込んだでしょ?あの時。」
 「うん。すっごく悲しかった。でも仕方ないよ。貴女にとって、僕がつき合うに値しない男だったってことだからね。」
 「ごめんね。悲しい思いをさせちゃって。」
 「思春期の甘酸っぱい思い出ってとこだよ。今の貴女が謝ることじゃない。」
 「でも、」圭子が目を上げて翔弥を見つめた。「もし、貴男が私といっしょになってたら、やっぱり私、貴男に悲しい思いをさせちゃってた。きっと・・・・。」
 「え?どういうこと?」

 圭子は答えず、じっと翔弥の目を見つめた。彼女の瞳にきらめくものが宿っていた。翔弥の胸が疼き出した。

 圭子はうつむき、白く細い指で目元を拭った後、小さな声で言った。「何でもない。ごめんね、変なこと言っちゃって。」
 翔弥は焦ったように再びコーヒーカップを手に取って、底に残っていたものを飲み干した。冷たい苦さが舌を刺激した。
 「狩野くん、この後、用事ある?」
 「え?」
 「お酒、飲もうよ。」
 「え?いいの?僕は平気だけど、圭子さんは大丈夫?家の人が心配したりしない?」
 圭子は笑った。「40にもなったおばさんを心配してくれる家族なんて、いないよ。」


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