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【青春 恋愛小説】

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あれは、二学期の始まったばかりの頃。
席替えがあって、わたしはきみの隣になった。
くじ引きで、いんちきもしないで、出会えたことは、奇蹟だったのかな。
 
三年生で同じクラスになったわたしたちだけど、隣の席になるまで、お互いのこと、全然知らなかったと思う。
だから、隣になって、始めは少しがっかりした。
妙に大人びた雰囲気の「中谷くん」と、何を話していいのか判らなかったし、楽しい時間が過ごせるとも思えなかったから。 
たぶん、お互いに、警戒心も強かった。
だから、教室のいろんな場所でお喋りの花が咲く中、ふたり黙って前を見てた。

そんなわたしたちが、初めてゆっくり話したのは、わたしが数学の教科書を忘れたときだった。
仕方なく、きみに
「見せて」
と頼んで、わたしたちは机を寄せ合った。
真ん中に教科書を置いて。

遠慮がちにのぞいたきみの教科書の端に、あれを見つけなかったら、わたしが今、こんなにきみを想うことはなかったかもしれない。
今でもそう思う。
それは、数学の問題がずらりと並んだその余白に貼られた、映画会社のロゴマークの小さなシール。

「映画、好きなの?」

たしか、わたしはそんな風に訊いたんだと思う。

「え?ああ、これ?うん。映画は好き」

「へえ。どんな?」

興味がなく、ほとんど映画を観ないわたしには、そのあと、きみが挙げてくれた作品に知ってるものは全然なくて、最初はどうしようかと思った。
だけど、きみがあんまり楽しそうで、そんなきみを見るのが初めてで、何故かすごく嬉しくて、わたしは急にいろんな映画を知りたくなったんだ。

どうしてだろう。
あの瞬間まで、きみは少し近寄りがたい空気を持ってた。
恐いくらいに大人っぽくて、物静かで、いつも落ち着いていて。
初めてだった。
そんなきみの目が、子供みたいに輝くなんて。

それからは、毎日、話をした。
夜テレビでやる映画の解説をきいて、今やってる映画のおすすめをきいて、きみが観た映画の感想をきいた。
わたしはよく、教科書を忘れたふりをするようになり、一日に何回もきみと机をくっつけた。
忘れてなんかなかったのに、そうしてた。
さすがにやりすぎかな、と思ったある日、わたしが教科書を出していたら、きみの方が
「忘れたから、見せて」
って、そう言ってくれて、わたし、嬉しくて、泣くかと思ったよ。

わたしたちが話すとき、そこはいつも、わたしたちだけの世界だった。
教室の中で、そこだけが別の空間みたいだった。

いつのまにか、どちらかが教科書を忘れたふりをするのが当たり前になった。
二人してそれを出してしまったときは、目を合わせて合図して、どちらがまたそれをしまった。

式は進み、卒業証書の授与が始まっている。
呼ばれた名前に返事をするきみの声、舞台にあがるきみの背中。


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