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似顔絵師の恋
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2泊目-2

私が後から風呂から上がって着替えると、『はずき』がいつ買ったのか缶ビールを差し出した。
少し似顔絵の話がしたいと言う。私は付き合うことにした。
彼女は専門的な話を沢山して来た。
似顔絵には大まかに3つの描き方があるという。
1つはリアル系といって、肖像画のように写実的に描くやり方だ。
昔の似顔絵はこのタイプが多かったが、それでも似ているように描く人は多くはなかったそうだ。
「ずいぶん、知ってるんだね。まだ若いのに」
私がそう言うと、『はずき』は笑った。
それは先輩の似顔絵師から教えてもらうのだそうだ。
それと、おもしろおかしく描くのがカルカチュア系と言って、見ようによっては意地悪な描き方が多い。
全米で入賞した人はこの部類だそうだ。
相手の欠点も容赦なく誇張して描いて戯画化するという。
それを見て怒る人はユーモアセンスのない人だからと、予防線を張るらしい。
そして自分はコミック系だという。
この言葉はとても曖昧で、リアルに描けない場合の逃げ道の場合もあるという。
平たく言えば『まんが式』の描き方だ。
だが、顔の輪郭や髪形、帽子やアクセサリーを似せて描けば、後は目鼻の位置を調整すれば出来上がってしまうことが多い。
この描き方だと2・3分もあれば殆ど描けてしまうという。
後は顔の色とか背景とかに時間をかけても10分ほどで描けるのだ。
だから営業用としては数をこなす上でこの描き方をする者が多いのだそうだ。
「どうして、こういう話を私にしてくれるのかな?」
それは……『はずき』は言いかけてからちょっと考えた。
それは、おじさんと似顔絵の話しをすると、何故か話が弾むからだという。
だからおじさんのことを、初め審査員だと思った。
審査員は自分のことを明かさずに採点して行くことがあるからだ。
でも、それらしい人が運河沿いの店を回っているのを見たが、自分のところは素通りして行ったという。
おじさんは、後で考えると他の店を素通りして真っ直ぐ自分の所に来て声をかけてくれた。
だから審査員である筈がない。
でも似顔絵のことを話しやすいから不思議な人だと思った。
「それは、美術館とかで絵を見たりすることもあるからじゃないかな」
それに対して大きく頷くと『はずき』は両手をついて、おやすみなさい、と言った。
そして呟くように、朝のお返事は後で……と言ったような気がする。
私は、仏間兼寝室に布団を敷くと明かりを消して床に入った。
明日『はずき』はあの返事をしてくれるのかな?
きっと断る積りなのだろう? だから妻の仏壇に謝っていたのかもしれない。
でも即座に断り辛くて、昼と夜の食事を作ってくれたり、ビールを飲ませてくれたりしたのかと。
服装は派手じゃなく、自分の力でお金を稼ごうとしていて、辛抱強そうだし人懐こい。
色々な意味で息子にとって良い嫁さんになると思ったが、それはあくまでこっちの都合。
そこまで思ってうとうとしかけた時、枕元にいつの間にか『はずき』が座っていた。
「ト……トイレなら、ここを通らなくても……」
私がそう言いかけたら、顔を近づけて耳元で囁いた。
「約束していたので、お返事をしに来ました」
そう言って、私に言った言葉は意外な内容だった。
息子さんと早くに出会ってたら、とても良いカップルになっていたかもしれないと。
けれども、自分には好きな人ができてしまった。
それがいい加減な言葉でないことを今ここで証明してみせますと。
その直後、『はずき』は私の布団の中にすーっと入って来た。
石鹸の香りが残る若い女体が私の体に密着したとき、私は何故だと聞いた。
『はずき』は言った。あんなに親身に看病された経験は今までなかった。
だから、おじさんが好きになってしまったと。
けれども息子さんや娘さんがいる身で私のような若い女がくっつくのも迷惑だと思うので
今夜だけ抱いてほしいと。
その後は迷惑をかけないと。
「私は、『はずき』の体を抱きしめながら、もう息子のことは頼めないと悟った。

 


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