17 王子の王弟-1
雪花石膏の美しいアーチ型をした正門では、赤い鎧をつけた衛兵が厳しい視線を放っていた。
アレシュが馬車から降りると、機械仕掛けのように一糸乱れぬ動きで敬礼し、やや硬い表情の王子を見送った。
カティヤがこの光景を見たら、少々いぶかしむだろう。
ゼノ城では衛兵や使用人も、アレシュを敬うには変わらないが、そこにはもっと親しみがこもっていた。
かといって、王城の衛兵が無礼なわけではない。
ただ、どこかぎこちない緊張が、彼らとアレシュの間に見えない壁を作っていた。
正門を抜けると、白い砂利が敷き詰められた小道が三方向に分かれていた。
まっすぐ行けば城の本殿。
左は春の庭、右は夏の庭へ続いている。
多数の兵や使用人が行き来しており、殆どの者はアレシュを見ると一様に足をとめ、複雑そうな顔をした。
周囲の反応に構わず、トカゲの国章が印された大きな金色の扉へ、アレシュとエリアスは進む。
大理石の階段へ足をかけた時だった。
アレシュの目端に、春の庭の方から小さな男の子が駆けて来るのが映った。
庭で働いている蛮族の子どもだろう。両手に抱えた籠には、苺が山盛りにされていた。
頬に土汚れをつけた、いかにも元気盛りの子どもは、少々急ぎすぎたらしい。
砂利に足をとられ、バランスを崩す。
「あっ!」
取り落とした籠から熟しきった苺が宙を飛び、地面にベチャリと潰れて張り付く……一瞬、そんな光景を誰もが想像した。
「そんなに慌てたら、危ないぞ」
想像を裏切らせたのは、階段と男の子の間を繋いだ、黒と金の光りだった。
片手に男の子を、もう片手に苺の籠をかかえ、アレシュが尋ねる。
十数メートルの距離を瞬間移動できたのは、魔眼の力があってこそだ。
「ほら」
アレシュが籠を差し出すと、男の子は自分の身に起こった事が理解できないまま、キョトンとした顔で籠を受け取る。
「あ、ありがとうございます……えーと……」
まだ幼い男の子は、どうやらアレシュの事を知らないようだ。
「立派な苺だな。厨房に持っていくところだったのか?」
「はい!じいちゃんが、今回は一番良く出来たからって……あ!」
アレシュの瞳を見上げ、男の子は顔を輝かせる。
「その目……もしかして、アレシュ王子さまですか!?次の王様になる!」
次の瞬間、恐ろしいほどの静けさが当たりに満ちた。
周囲の視線と沈黙をいっせいに浴び、男の子は失言の雰囲気に気付いたようだ。
真っ青になり、キョトキョト視線をさまよわせる。
「え?あ、あれ?あの……ご、ごめんなさい……」
「アレシュさま」
いつの間にか後ろにいたエリアスの静かな声に、アレシュは知らず詰めていた息を吐く。
「いや、その通りだ。何も悪いことじゃない……じゃぁ、気をつけて」
子どもに軽く笑いかけ、その場を後にした。
ぎこちない視線は、城内でも相変わらずだったが、アレシュは無表情を崩さなかった。
移り住んだばかりの頃は、ゼノでも同じだったし、彼等の心境がわからなくもない。